第7話

「そ、そもそも何故お前がそれを知っている!?魔導契約で侯爵は誰にも言えなかった筈だ!」


 契約では侯爵に対し契約内容を誰かに話すことはおろか、文章として残すことも禁じていた。つくづく王家に有利のある内容だった。


「抜け道があるのですよ」


「抜け道だと!?」


 セレネは一瞬話すか迷った。これは魔導契約の意義を覆す事だからだ。しかしもう権力にものを言わせ一方にだけ不利な契約を無理矢理結ばせる様なことはあって欲しくない。


「父が亡くなった後、私は父が残した日記を見つけました。それは書斎の机に作られた隠し抽斗のそのさらに奥に仕舞われていた。その日記に書かれていたのですよ『文字』が」


 日記に文字が書かれている事など当たり前ではないか。セレネの告白に耳を澄ませていた周囲が首を傾げる。


「そう、『文字』です。父が魔導契約を結ばされてから約一年後から始まっていた日記には、毎日日付と『一文字』だけが記されていました」


「い、一文字だと!?」


「文章で残すのは出来ない。契約に関わりそうな単語も無理だった。試行錯誤した父がたどり着いたのは一文字ずつ毎日記す事だった。日付を挟むことによって契約の強制力はそれを文章と認識しなかったのです。私も最初それが何を意味するのかわかりませんでしたが、すぐに文字を繋ぐと文章になることに気付き、解読し……納得したのです」


 無論毎日一文字であっては文章としてはたいした長さにはならない。伝えたい事毎に数冊に別れて記述はされていた。


 セレネはそこまで話すと一旦口を閉じ、国王と王太子二人をそれぞれ睨み付けた。視線にのせられた魔力の威圧を感じ、二人がビクッと竦み上がる。


「父は私の幼少から亡くなる寸前までずっと事あるごとに『すまなかった』『申し訳ない』『私のせいで』、……そうわたくしに言い続けました。何故父がそこまでわたくしに負い目を感じるのか、ずっと疑問でした。何度聞いても何故かは言えない、と言われていたので」


 病で生涯を閉じる寸前までうわ言のように呟いていたその言葉。目を閉じると思い浮かぶ父の思い出は、自分を見る後悔に満ちた眼差しばかりだ。セレネが生まれてすぐに妻を亡くした彼は、もしかしたら自分一人で秘密を抱える事に疲れ果ててしまったのかもしれない。


「先程殿下は仰いました。私と殿下の婚約は父が平和的に王位を簒奪するためのものだ、と。父は本当なら断りたかった。ですが、代々王家に使えてきた先祖、そしてなにより今を生きる領民の為、娘を犠牲にする道を選んだのですよ。ずっと後悔する羽目になったとしても。それは、ひとえに王家に対する忠誠故……その思いを殿下の発言は汚したのです」


 父が隠していた『もの』が何かはわからなかったが、王家に対する深い忠誠心は感じ取れていた。だから王宮でも、学園でも堪えたのだ。自分がどれ程蔑みの視線に晒されたとしてもだ。何度逃げ出したいと思ったか、何度自由になりたいと思ったか。それでも王家の為に……王太子の婚約者として恥じぬ様に……


 そんなセレナの思いを、王太子は簡単に裏切った。率先してセレネを貶め、他の女を侍らし、ついには婚約破棄に踏み切ったのだ。

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