第3話

「先程も申し上げましたが、心当たりはございません」


「嘘を吐くな!貴様は普段からシスリーに対して虐めを行っていた!!暴言を吐く、ドレスにお茶をかける、わざと足をかけて転ばせる……挙げ句に階段から突き落として殺そうとした!!」


 あくまで静かなセレネに対して、段々と怒りが増してきたのか、今度は王太子が声を張り上げ怒鳴る。その様子を見たセレネは思わず淑女のマナーも忘れ、深く溜め息を吐いた。


「何度も申し上げますが、心当たりはございません。それは一体いつの事で、証拠や証人はありますの?ああ、細かい日々のスケジュールなどはわたくしも覚えておりません。最後の階段から突き落とされた、というのはいつですの?」


「一週間前の水の日の放課後。西棟の階段だ。シスリーとすれ違いざま後ろから押したというではないか!」


 階段の下に倒れ込み、動かないシスリーを発見した時は心臓が止まるかと思った。聞けばセレネに突き落とされた、という。落ち方が良かったのか怪我は擦り傷程度だったが、ショックで気を失っていたらしい。


 国王の決めた婚約だからと我慢をしてきたが、流石にこれはもう無理だ。そう考えての今日の婚約破棄だ。


「……一週間前の水の日は、急遽隣国ランセールのラネル公爵閣下との商談が決まり、授業が終わり次第急ぎ馬車で閣下の経営なさっている商会へ向かいました。馬車置場の職員、面談会場の商会、そして何よりラネル閣下にご確認くだされば、わたくしの身の潔白を証明してくださいますが?そもそも証言の裏をとっていませんの?」


「うそっ!?だ、だっていつもは…っ!!」


 これまで黙ってイーサン王子に寄り掛かって様子を伺っていた少女が初めて焦った様子で声をあげた。なるほど、男が好む声音と喋り方だな、とセレネは思う。


「確かに普段であれば放課後、歴史学の課題を提出するために西棟に向かいますが、それがどうかされましたか、そちらのご令嬢?」


 おそらく彼女がイーサン王子の言うシスリーなのだろうが、名乗りを交わした事は無い。ならば勝手に名を呼ぶ事はマナー違反になるためご令嬢と呼んだのだが、イーサンは馬鹿にされたと感じたらしい。


「も、もうよい!!とにかく貴様との婚約は破棄だ!わかったな」


 人を犯罪者扱いしておいて、アリバイを突きつけられたら無かったことにしようとする。やはりこんな男が次期国王では……と思った自分は間違っていない様だ。

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