第2話

「セレネ・ヴィンラード。貴様との婚約を破棄する」


 集団と令嬢のやり取りを見守っていた周りが、今宵一番のざわめきに包まれた。生まれた時より決まっていた二人の婚約を王太子が破棄とは。王はこの事をご存知か。お可哀想に。様あ見ろ。等々。


「婚約破棄後、俺はこのシスリー・カルヴェ男爵令嬢と婚姻を結ぶ。シスリーは学園でこの私に次いでの魔力量を誇る言わば聖女にも等しい女性だ。残念だったな。シスリーを殺してまでも未来の王妃の座にしがみつきたかったのだろうが、そうは行かない。これ以上『能無し』の貴様の思う通りにはさせん!!」


『能無し』


 はっきりと、王太子が侯爵令嬢をそう呼んだ事に、一瞬ざわめきが静まり、すぐにどよめきに変わった。


 『能無し』とは、この国で魔力の無い、または少ない者への蔑称だ。ここアドリアード国では、魔力至上主義ともいえる風潮があり、魔力量が多い者程重用される。故に貴族であれば皆魔力が豊富であり、魔力をもって生まれて来なかった者が生まれた時は、密かに処分される事もあるという程だ。その風潮の中、セレネは魔力がほとんど無い事と公称していた。


『ほとんど無いのではなく、全く無いのだろ?能無しのクセに』


 それがセレネに対する世間の評だ。だが、魔力が無いにも関わらず、セレネは侯爵令嬢として生まれ、すぐさま王太子の婚約者となった。故に疑惑の目が向けられているのは仕方がないのかもしれない。


 しかし、王族がはっきりと魔力がほぼ無いという彼女を……侯爵を『能無し』と呼んだ。今まで陰口として叩く者は居たが、はっきり面と向かって彼女をそう呼んだ者は居ない。


 なにせセレネは優秀だったのだ。魔力を除けば女侯爵として、そして王太子の婚約者として。陰口を叩かれても常に毅然とした態度を保ち、座学は常にトップ。既に侯爵として実務を行い、行使された政策により侯爵領は非常に豊かだと聞く。


 故に魔力が比較的少ない下級貴族の子弟の中には、セレネに密かに憧れている者も居た。だから、


 ーーーきっと自分が『能無し』と呼べば、すぐに賛同の声に包まれるだろう。


 そう考えていた王太子は、予想外の周りの反応に内心戸惑った。それにもまして戸惑うのがセレネの反応だ。いつも澄ました顔をしている彼女も、婚約破棄ともなれば流石に取り乱し、泣き叫ぶのではないか、と思っていたからだ。


周りや王太子の様子など全く気にした風もなく、セレネは静かに佇んでいる。……不気味なくらいに。

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