最終部 素晴らしき頂き物編

見上げて、触って、確かめて

◇この章では、仲の良い書き手様から以前に頂いた作品を展示します。

 頂いたのは三作。どれも、ほうふしなこ様から頂いたものです。

 ※掲載の許可は頂いています。


 

 ふと―気付く時がある。

 幼い彼女の、小さな成長を。


 フォルトはいつものように主の部屋の扉を開けた。

 ギィッと重い音がした後、目の前に広がる光景は、幼い主の部屋にしては広過ぎるそれで―


「っ……また…」


 明らかに幼い子どもが部屋の主だと分かる有様。

 ぬいぐるみ、お人形、つみき、お絵かきをした後の画用紙にクレヨン―

 それらが床や机に、遊ぶ相手を失い、唯の邪魔な物と化していた。


 フォルトは聞こえなくらいの小さな溜息を吐きながら、といっても部屋には誰も居ないのだが、手前のものから拾い、元の場所へと戻す。


 ぬいぐるみとお人形は、棚の上。

 つみきはおもちゃ箱の中。

 画用紙を揃えて、クレヨンをケースに並べ、ついでに半開きになったままのカーテンをも纏めて―


 一通り片付け終えて、部屋を見回した。

 何だか、物足りないような気がしたのだ。

 いや、惨状はいつものことで、やったこともいつもと変わりないのだが。

 何かを、いつもしているそれをしていないような気がした。


 何だろ?


 首を捻った所で、答えは浮かばず。

 ま、別にいっか―と思い直したその時。

 扉が開いた。


「あ! フォルト!」


 勢い良く部屋に飛び込んできたのは、部屋の主で、フォルトの幼い主でもあるイリスだった。

 彼女は元気良く部屋の真ん中を突っ切り、従者の足元へ駆け寄った。

 部屋の―真ん中を突っ切れた。


「あ…」


 フォルトは唐突に思い至った。

 何故、物足りたいと思ったのかを。

 それは―


「木馬、か」

「ほえ?」


 フォルトの呟きに、イリスは真っ赤な大きな瞳を更に大きくし、小さな頭をしきりに傾げた。

 そんな主のきょとんとした顔に向き直り、フォルトは苦笑した。


「今日は、木馬で遊ばなかったんですね」

「あ…うん」


 従者の言葉に、イリスは小さな口を窄めて、残念そうな顔をした。


「イリス様?」


 普段なら元気に駆け回り、自分の手を煩わせる小さな主が、いきなりしゅんと萎れてしまったので、フォルトはゆっくりと屈み、主の柔らかい銀髪を優しく撫でた。

 それに安心したのか、イリスもゆっくりと赤い瞳をフォルトへと向ける。


「足がね、床に着いちゃうの」


 その瞳は、とても残念そうに語った。


「イリス様…」

「もう…乗れなくなっちゃったの」


 乗れなくなってしまった事実。

 まだまだ遊びたい盛りの彼女にとってそれは、残念なことで、淋しいことなのだろう。

 だが、寧ろそれは―


「大きく、なったんですね」

「え?木馬がちっちゃくなっちゃったんだよ?」

「イリス様が、大きくなったんですよ。ほら…」


 喜ぶべきことで。

 フォルトは徐に立ち上がり、イリスの頭を自分の脚へと引き寄せた。

 とんッ、と小さな頭が触れたのは、彼の太股の中間。


「こんなに」


 少し前までは、漸く太股に到達したくらいだったのに。

 フォルトの顔に、自然と笑みが零れた。


 イリス自身は、言われたことの意味がまだよく判っていないのか、きょとんとしたまま、フォルトの太股と顔を交互に見やっていた。

 それがまた、頬を緩ませる―。


「大きくなったら、木馬に乗れなくなっちゃうの?」

「木馬には乗れませんが、いつか本物の馬に乗れるかもしれませんよ」

「ホント?!」


 淋しげだった顔を一気に明るいそれに変え、イリスはフォルトの長く伸ばした金髪を掴み、ぴょんぴょんと跳ねた。

 流石にそれは大きくなっても止めてくれそうになくて。

 フォルトは緩ませた頬を引き攣らせた。


「ちょ、ちょっとイリス様…人の髪の毛を掴んだまま跳ねるのは止めてください」

「えぇ、どうして?」

「地味な衝撃が頭皮に要らぬ負荷を掛けるので……」

「いらぬふか?それってなぁに?食べるもの?」

「……何でもないです」


 内面は、そんな急には成長してくれないようだ。

 髪を掴む力は、幼い容姿に似合わず日に日に強くなっていくというのに―

 そう思って、フォルトはふと気付いた。


 これも、ヴァンパイアとして成長しているってことか…


 目の前にいる幼い主は、人間ではない。

 ヴァンパイアなのだ。

 力も人間のそれよりも強く、命の時間も長い。

 だが、それ以外は他の子どもと、人間と何ら変わりない。


 成長し、戸惑って、また―歩き出す。

 目の前でフォルトを見上げている小さな主も、同じなのだ。

 フォルトは、もう一度微笑んだ。


「もっともっと大きくなって、今度は本物の馬に乗りましょう」

「うんっ。その時は、フォルトも一緒だよ!」

「はい、勿論」


 従者の約束の言葉に、イリスは満面の笑みで頷いた。

 そして、フォルトの太股にまたこつんっと頭をくっ付ける―。


「どれくらいおっきくなったら、お馬さんに乗れるの?」

「そうですね…せめて、このくらいにならないと」


 フォルトは自分の腰の辺りをこんこんと手の甲で打った。


「えぇ?!そんなにぃ…?!」

「すぐに伸びますよ」


 吃驚仰天して小さな手を必死で伸ばし、従者である自分の腰を触る幼い主には、フォルトもやはり笑みが零れてしまう。

 でも、微かだがそれとは反対に、何故か―。

 そう―すぐに…。


「さ、そろそろお勉強のお時間です」

「はぁい」


 ゆっくりと過ぎていると思っていた時間は、実はとても早くて―。

 小さな主にしてヴァンパイアの少女を、少しずつ、しかし確実に大きく成長させている。


 フォルトは、それが嬉しくもあり―

 何故か少し、淋しくも思うのだった。

 次にふと気付いた時。

 少女は、どんな成長をしているのだろうか―?


 END



 ◇改行以外、ほぼ原文のまま載せさせて頂きました。

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