小さなナゾ
※ほうふしなこ様より頂いた作品の二つ目です。
こちらもイリスとフォルトの微笑ましいやり取りが印象的なお話です。
かたくって。
ちっちゃくって。
ちゃいろくって。
秋になると、落ちてるもの…
「なぁんだ?」
「それは、どん……あ、なんでしょうか?うぅん…」
答えは既に分かっている。
出されたヒントでも分かるのだが、何より小さな両手に握られているものが隠し切れておらず、細い指の隙間からひょこひょこ顔を出しているのだった。
でも、主の楽しげな赤い瞳を見て、簡単に終わらせてはいけないと、フォルトは考える振りをする。
世話役は、こういうことに敏感でなくてはならない。
必死になって頭を捻るフォルトに、イリスはご満悦の様子だ。
「分からない?フォルト?」
「うぅん、分かりませんねぇ…もうちょっとヒントをもらえますか?」
「いいよ!あのね、リスさんがよく持ってるよ!」
ここで漸く、分かったという顔をする。
「分かりました。どんぐり、ですね?」
「あたり!」
フォルトの答えに、イリスは勢い良く小さな手を開いた。
握っていたものを見せたかったのだろう。
しかし、握られていたから今まで小さな手に納まっていたどんぐり達は、開放された途端に手のひらから、指の隙間から飛び降りて行く。
「あ」
「あ…!」
ばらばら…と、硬い音を立てて床に転がった小さくて茶色い木の実に、フォルトは何故か動けなかった。
そんな世話役とは反対に、イリスは慌てたように床に転がったどんぐり達を拾い始める。
一個もなくしてはならないといった風にせっせと。
でも片手では、拾ってもまた床にぽろりと落ち、また拾っては落ちて。
「ふぇ…」
ついにイリスが泣き出しそうになった時、フォルトの金縛りが解けた。
落ちたどんぐりを拾い、数個自分の手に乗せた後、一個だけイリスの手のひらに握らせた。
「はい、イリス様」
「うん」
ぎゅっと大切そうに胸元に寄せられたその一個を見詰め、フォルトはふと疑問が湧いた。
そういえば、それ―
「どこで見付けたんです?」
太陽も、月も、勿論草花や木々も、城の周りの空間に存在している。
が、どんぐりの木があったかどうかまでは、定かでない。
あったとしても、城の中が遊び場のイリスが一人で勝手に外に行く訳もなく。
まさか、いくらヴァンパイアの城であっても、城内に突如落ちてきたという奇跡までは起こるまい。
「お兄ちゃんにもらったの」
「あ、ああ」
一瞬、顔を顰めそうになったが、フォルトは何とか引き攣った笑みに留めた。
イリスの兄とフォルトは犬猿の仲といってもいい―が、それはフォルト自身が思っているだけで、相手はフォルトのことを遊び道具と思っているに違いなかった。
だから、嫌なのだ。
対等に接しくれとは言わないが、せめて人として扱ってくれ、そう思う。
そう思わせる当の本人は、恐らくもう城にいない。
イリスにこの木の実を渡しに寄っただけだろう。
妹にだけは妙に優しいのだ、あの男は。
「ねぇ、フォルト?」
「え、…あ、なんですか?」
真っ直ぐ見詰めてくるイリスに、フォルトは我に返った。
小さな主に視線を合わせると、またどんぐりが目の前にあった。
その先に、赤いどんぐりのような眼がある。
「どうしてどんぐりは秋にしかないの?」
「え…?」
唐突な質問だった。
フォルトは瞬時に答えられなかった。
難しくはないはずなのに―
「ねぇ?どうして?」
「ど、どうしてと言われましても……」
春に桜が咲くように、秋に団栗が落ちる…
フォルトには当たり前過ぎて。
でも、イリスには当たり前ではないのだ。
「いっぱいいっぱい、ずっとあればいいのに」
いや、きっと幼かった頃の自分も小さな疑問がいっぱいあったはず。
当たり前が、当たり前にしまったのはいつからだったか…?
「イリス様は、どうしてそう思われるんです?」
「だって、ずっとあればリスさんも困らないでしょ?」
思わず笑みが零れた。
きょとんとしたイリスの顔が、更に笑みを深くさせた。
「イリス様は優しいですね」
「なんで?」
そっと頭を撫でると、柔らかい髪が掌に心地よかった。
更に首を傾げたイリスに、フォルトは自分が持っていたどんぐりを一つ、差し出す。
「イリス様がお出かけする時に準備をするように、どんぐりも秋以外の季節は準備をしているんですよ」
「準備?」
「そうです」
イリスは、小さな手のひらに乗った小さな木の実を見た。
フォルトは、差し出したどんぐりをゆっくり主の手に乗せて。
もう一度握らせた。
二つのどんぐりは、少しだけ指の隙間から顔を出していたが、落ちはしなかった。
「どんぐりの木は、根っこから水を一杯吸って、葉っぱで一杯太陽の光を浴びて…」
秋に小さな命を沢山実らせるために。
そして、それが地面に落ちた時、次の木になる実、他の生き物の命を繋ぐ実、土へ還り大地を豊かにする実になっていくのだ。
全てを告げる前に、イリスは頷いた。
「リスさんは、ちゃんとそれを待っているんだね。フォルトみたいに」
「俺みたいに?」
「だって、イリスが準備をしている間、フォルトは待っていてくれるもん」
なるほど―自分が、リスか。
純粋な例えに、フォルトは思わず苦笑いをした。
イリスはまだどんぐりに夢中で、暫く手放しそうになかった。
フォルトは立ち上がり、自分の手の中に残った実を見る。
「そうだ、どんぐりで何か作りましょうか?」
「えっ?! なに?! なにが作れるの?!」
「ぃでっ?! イ、イリス様っ…髪を引っ張らないで下さいっ…」
大喜びでぴょんぴょんと跳ねるイリスは、いつの間にかフォルトの長い髪も握り締めていたようだ。
ぐいぐいと遠慮なしに引っ張られるのはいつものことだが、将来を考えると出来れば止めてもらいたい行為だった。
いくら注意しても一向に止める気配はないのだが…
こういうことは言い続けなければならない。
何事も、“いきなり”はないのである―そう、実になる…いや、身に付くまでは。
イリスは、髪を放すまではいかずとも、跳ねることは止めた。
好奇心旺盛な赤い瞳が、フォルトを見上げてくる。
「さっ、お部屋で何を作るか考えましょう」
「うん!」
互いにどんぐりを持っていない方の手を繋いで。
廊下を歩く。
「ねぇ、フォルト?」
「はい?」
「どんぐりって、どうして“どんぐり”っていうの?」
「…え?」
―さすがにこれには、フォルトも笑って「どうしてでしょうねぇ」と誤魔化すしかなかったのだった。
小さな謎は、いつしか当たり前になっていく…
でも、硬く、小さな茶色いどんぐりは、リスにとって大きくて大切な存在であるように。
小さなそれは、またいつか気付かせてくれるのだ。
大きな…そして、何か大切な答えに。
Fin
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