追補:せいちょうきろく

 ※前話までは本編よりも前のお話でしたが、今回は本編後の時間軸です。

  そして、おまけの一区切りでもあります。



 うぅ、という何かの音にはっとして、フォルトは目を覚ましました。時刻は就寝からずっと後。地上で言う「真夜中」です。


「……?」


 気のせいかとも思いました。風か何かが聞こえただけ? と。


「……と……」


 いえ、聞き間違いではありません。意識がはっきりとしてくるのに比例して、音は呻きに変わり、呻きは言葉に変わりました。

 まさか、と思います。そして隣の部屋の者を起こさないよう、そっと扉を開くと。


「……イリス様?」


 従者用の部屋に取り付けられた簡素なドアの向こうには、幼い子どもの姿。目をうつろにして、片手にはクマのぬいぐるみをぶら下げて立っています。


「どうしたんですか」


 咄嗟とっさにかがんで、彼女の目線から問いかけると、いつもの赤い瞳が、より赤くにじんでいるのに気がつきました。


「こわいゆめ……」


 まだ、半分その夢の世界から抜け出せていないのでしょう。抱き寄せると、小さな体は冷え始めていました。

 無理もありません。彼女の部屋からここまでは、幼い足では遠いのですから。


「大丈夫。ただの夢ですよ」

「いっしょにねてもいい?」

「はい。どうぞ」


 涙のあとが残る顔に、ふっと笑顔が射します。手をつないでベッドまで行き、寝かせてやると、すぐに寝息を立て始めました。


「そういえば……」


 ふと思い至ります。

 それが、初めてイリスが一人でフォルトの部屋まで来ることが出来た日でした。



〈おしまい〉

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