最終話 赤いえきたい

 ※今回は長めです。



 ある日、例によってフォルトが言い出しました。


「だーっ、もう鬱陶うっとうしい! 髪を切りたいっ」


 定期的に言い出すので、ルフィニアは「またなの?」と呆れ顔です。


「落ち着きなさいよ。それに、嫌ならリボンにすればいいでしょ? シリア先輩みたいに」

「あれはトクベツ!」


 シリアとは二人の先輩で、茶色い髪をリボンで結っている女装美人です。

 でも、たしかにシリアは普通とはちょっと違うので、たとえに挙げられても困るかもしれません。

 フォルトは煮え切り、とうとうこんなことを言い出しました。


「俺は労働組合の発足を宣言する!」

「具体的には何をやるの?」

「……ストライキ?」


 しーんという沈黙が痛いです。



 そんなやりとりがあった少し後。イリスが兄のルーシュを呼んで言いました。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん。フォルトがね、『お願いを聞いてくれないと働かない』って、とじこもっちゃったの。クローゼットに」


 フォルトは労働組合を作ることは出来なかったので、一人でストライキをすることに決めたようです。

 ルーシュは「ほっほー?」と言いながら、フォルトに関する書類を取り出しました。


「さぁて、どこに飛ばそうか?」



「あうぅ、マジかよー」


 というわけで、フォルトはルーシュによって別の部署に飛ばされてしまいました。


「しかも飼育係って」


 紙切れを手にやってきたのは、コウモリの飼育小屋です。そこには、ほうきを手に忙しく掃除に勤しむ一人のおばあさんがいました。


「あら、あなたが新しい方?」

「えーと、一応……」


(上司はこのおばあちゃん……!?)


 よろしくね、というそのおばあさんはちょっとヨロヨロしていますが、フォルトに仕事道具をくれました。エプロンにちりとり、バケツや雑巾です。

 これからここで過ごすのかと思うと、フォルトは落ち込みましたが、悪いことばかりではありませんでした。


「あぁそうそう、その髪、邪魔になるから切った方がいいわねぇ」

「えっ」


 内心、舞い上がりました。そしてその直後、


「けど、血はたくさんありそうねぇ。みんなよろこぶわぁ」


 と言われてしまい、みんなって……!? とフォルトは震えるのでした。


 ◇◇◇


「つまんない!」


 イリスは叫びました。


「フォルトがいないのなんてヤダーッ! うわぁあぁぁん」


 ルフィニアにしがみつき、大泣きに泣いています。ついにはルーシュに「お兄ちゃんのばかぁっ」とまで言ってしまいました。


「なんだと? 俺にも考えがあってだな……」


 でも、兄は妹に弱いものです。びえぇぇぇん! と激しく泣く様子を見せられては、仕方ない、戻してやるかという気持ちになってきました。

 しかし、くるりと振り返ると、そこにもうイリスの姿はありません。


「お、おいっ、待てイリス!」


 イリスはフォルトの元へ走りました。はぁはぁと息があがります。


「全く、なんで飼育係なのに庭の手入れまでやらなきゃいけないんだ?」

「フォルトっ!」


 見つけました。ぶつぶつと文句を言いながら掃除をしているのは、フォルトに間違いありません。

 ただし、そこにいたのはイリスがよく知るフォルトではありませんでした。


「あの、イリス様? どうしてここに……?」

「っ!!」


 イリスは衝撃で声が出ません。それでも、なんとか振り絞ります。


「しゃがんで! はやくぅ!」

「は、はい?」


 フォルトが命令されるままにしゃがむと、イリスはその背中を見て言いました。


「あぁぁぁああぁ、かみが、髪がないよ~っ!!」

「ハゲみたいに言わないでくださいよ」


 そうです。あの長かった金の髪が、首の辺りで短くスッパリと切り落とされていたのです。


「ふーん、切ったのか」

「わっ、ルーシュ!? ええい、近寄るなっ」


 イリスを追って、ルーシュもやってきました。けけけ、と笑い、こう付け加えます。


「お前、出戻り決定な」

「はぁ? 出戻りぃ?」


 すぐそばでは、イリスがまだ「髪がないぃ!」と大声で叫んでいます。ルーシュが真剣な顔で言いました。


「安心しろ。髪のことならこっちで何とかするから」

「そんなことは聞いて無いっ!」


 ◇◇◇


「それで、この怪しげな液体は……」


 結局フォルトは元の「イリスの世話係」という仕事に戻されることになりました。今は、手にした小さなガラス製のコップを見て冷や汗をかいています。


「薬だ」


 ルーシュはそう言いますが、注がれている赤い液体は、どう見ても薬には思えません。


「嘘つけ、血だろ!」

「そうとも言うかもな」


 否定するつもりはないようです。フォルトは「ふざけるな」と怒りました。


「飲めるかっ!」

「なんでだ? 髪が伸びるんだぞ? 多分」

「伸ばす気はない! だいいち、『多分』て何だよ」


 そもそもが、長い髪が嫌でストライキをして違う部署へと飛ばされたというのに、これでは全く意味がありません。


「はー? そんな昔のことをまだ覚えてるのか? 執念深いヤツ」

「一週間前だっ!」

「あぁもうウルサイな」


 喧嘩はヒートアップする一方で、ちっとも収まる気配はありません。そこへイリスがやってきて、あるものを見つけました。


「あ、血だ」


 それは、フォルトの手に握られたままのコップで揺れている液体でした。吸血鬼であるイリスにとっては、美味しそうな匂いがしています。

 イリスは二人の間にひょっこり顔を出すと、フォルトの髪……はないので、服をぐいぐい引っ張りました。


「フォルトー、それ、ちょうだい」

「え?」


 フォルトはまだルーシュとの言い合いの真っ最中でした。それに、イリスの命令に従う習性が身に沁みついていたので、思わずコップを手渡してしまいます。


「あ、はい。どうぞ」

「わーい、ありがとう!」

「って、え? わぁ、ストップストップ!」


 はっとして止めに入った時にはもう遅く、イリスはコップになみなみと入っていた赤い液体をごくん! と一息に飲み干してしまいました。


 その数秒後のこと。イリスの肩を過ぎたくらいまでだった銀の髪が、さわさわっと膝小僧に届きそうなまでに伸びたのです。


「う?」

「い、一瞬で……!?」

「ほれ、伸びたろ?」


 ルーシュは妙に自慢げでしたが、フォルトには恐怖しか感じられません。


「あんなの、人として認められるかっ」


 そう叫ぶと、「そりゃあ吸血鬼用の薬だからな」と、さらりと言われてしまいました。


「俺は人間だーっ!!」



〈「第一部 幼女に仕える従者編 プロローグ」に続く……〉



 ◇第一部のプロローグの更に前のお話でした。

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