第3.5部 屋敷に潜む謎編

プロローグ

 退屈は、吸血鬼を殺せる。



「何か面白いことないかなァ」


 窓によって四角く切り取られた夜空から、淡い月明かりが漏れている。開け放したとこから風が入り込み、黒髪を揺らす。

 イルヤはベッドに寝転がったまま、部屋の反対側にあるドアへ目を移した。外から鍵がかけられたその扉は、ここのところ日に数度しか開かれることがない。


「もっとうまくやれば良かったかな~」


 先日の一件で、イルヤは吸血鬼達を束ねる上層部から謹慎処分を言い渡されていた。

 多数の者を引き連れての人間の町の急襲。それに対する罰としてはありえないほどの軽さと言えるが、彼にとっては何よりも耐え難い処分であった。


「あ~、つまんないつまんないつまんない。窒息しそー」


 部屋にあるのは木製のテーブルと今寝ているベッド、そしてガラス棚。両開きの、食器でも入れていそうなその棚には、代わりにきらりと光る刃物が並ぶ。


 細いものや変わった形のものまでが、ほとんど血を吸うこともなく置かれている。一時期ハマって集めていたコレクションだが、今は放置状態だ。

 背筋が寒くなるような美しさを保っているのは従者が定期的に磨いているからだった。


「……はー」


 生活に支障はない。家には多数の従者がいて、食事を始めとしたあらゆる世話を焼いてくれる。もちろん血にも事欠くことはない。


「そんなので満足出来るかって……ねェ?」


 再び身をベッドに委ね、明り取りの窓を見上げる。ふと、あの日もこんな風にとりとめもなく意識を飛ばし、面白みがありそうなことを探していたのを思い出した。


 ◇◇◇


 ことの発端は数ヶ月前のことだった。


「ねぇねぇ、イルヤ。聞いて」


 カツカツカツとヒールの踵を鳴らし、女性が扉から入ってきた。興奮ぎみにウェーブがかった金髪とゆったりとした服を揺らしながら、寝転がっていたイルヤのところへ歩み寄ってくる。


 彼は上体を起こし、「何?」と聞いた。足をぶらぶらと遊ばせながらも、すでに瞳には好奇心の光が灯っている。


「何か面白いこと?」


 返事は満面の笑みだった。彼女――サクヤがこうして楽しそうにしている時は大抵、新しいおもちゃを見付けて来た時であることをイルヤは良く知っていた。

 今度は一体何だろう? 胸が躍る。


「家を買ったの。遊びに行かない?」

「家?」


 妙齢の女性であるはずなのに、小首を傾げる仕草はまるで幼い少女のようだ。子を持つ母の身なのだと言っても説得力がなかった。


「奥様! サクヤ様!」


 廊下をサクヤ以上に音を立てて走ってきたのは、この家の従者でありイルヤの秘書を勤めている人間の娘・ラクセスである。

 開きっぱなしのドアから中を覗き込み、そこに求める相手を認めて、腕を組んで仁王立ちした。肩で四方に散った髪型がいつも以上に乱れている。


「あら、ラクセスちゃん。何かご用かしら?」

「ご用かしら、ではありません。旦那様が玄関でお待ちですよ。ご一緒にお出かけになる予定でいらしたのでしょう?」


 生真面目なラクセスは、本来のイルヤの側近という枠を越えて、あらゆる面のフォローをしていた。

 この家の住人は気まぐれさに度が過ぎた吸血鬼ばかりで、従者達はいつも気苦労が絶えない。お互いに職分を超えて助け合わなければ世話を仕切れないのだ。


 相手の焦りなどものともせず、サクヤはにこりと微笑む。その笑顔が冷たいことを誰もが承知していた。


「あぁ、今日はやめておくわ。そう伝えておいて頂戴」

「そんな、旦那様、落ち込んでおられますよ」


 特にサクヤは「予定」という言葉とは縁遠い性格だった。何かを行うつもりであっても、すぐ他のもっと面白そうなものを探して目移りしていく。

 それは息子のイルヤも同じで、当主はよく気を揉まされる側になっていた。


「あら、あの人も予想していたことでしょ? それより、ラクセスちゃんも一緒に行きましょうよ、下界へ」

『下界!?』


 イルヤは嬉しいニュースに、ラクセスは話の脈絡を突き抜けた言葉に、それぞれ驚きの声を上げた。


「元々はうちの所有する物件だったのだけれど、少し前に引き払っていたの。でも放置されていたようだったから買い戻したのよ」

「へぇ、そんな場所があったんだ?」

「まだ確認には行っていないの。……どうなっているかしらね」


 二人とも、そんな話は初耳だった。イルヤの家は名家で財力もあり、そのためいくつか別荘を持ってはいたが、サクヤの話を聞く限り、そのどれとも違うようだ。


「これから行ってみましょうよ。ね?」


 こうして三人はその町におりることになったのだった。



◇本文は基本的にラクセス視点で進みます。

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