◆シリアの告白◆

「何かの間違いであって欲しかったのですが」


 事態は最悪だ。今頃幼女がどんな酷い目に遭っているか知れたものではない。嘆きあっている弟と後輩に、しかし、シリアの反応は全く違ったものだった。


「二人とも、頭でも打った?」

「兄さん、とぼけるのはもうやめて下さい。全て分かっているんですから」

「先輩、見損ないました」

「ちょっと、何の話?」


 ここまで来て口を割らないシリアに、ルフィニアは苛立ちを募らせた。瞳にはしっかりと侮蔑が生まれている。


「ですから、旦那様の命令で、イリス様とフォルトを地上に送ったでしょう?」

「あぁ、ルーシュ様に手紙を渡すついでに、イリス様に外の世界を見せてやるようにって」


 素直に頷く兄に、今度は弟が続けた。


「そして、そこで二人を消すつもりだった」

「はぁ?」


 がたがたっ。座ったばかりの椅子を蹴散らすようにシリアが立ち上がり、三人はしばらくお互いを睨み合う。


「どうして旦那様がそんなことを。第一、消すって何だ? どうやって?」

「今、イリス様達がいる町は、吸血鬼に襲撃を受けているはずなんです」

『えっ』


 寝耳に水の情報に、無論ルフィニアもウィスクに注目した。彼は謝り、ルーシュに黙っているよう命じられていたことを告げる。

 それに、何も分からない状態では伝えても混乱させるだけだと思っていたと。


 どおりでイリス達のことを告げた時、顔色が悪くしたわけだ。ルフィニアは合点する一方で、体から血の気が引いていくのを感じていた。


「そんな」

「じゃあ、余興について珍しく追求してきたのは、疑っていたわけだ」

「ルーシュ様が、『一応調べておけ』って言っていたからね」


 シリアは「悪いけど、こっちも驚いている側だ」と前置きした。


「あのな、余興ってのは、大量のグラスをそれぞれのテーブルに三角錐の形に積んで、上からワインを垂らす見世物なんだ」

「……え?」

「暗がりの中で下から明かりを当てて、血のように赤いワインを流す……。だから『血の宴』」


 衝撃のの告白(?)にしんと静まる会場で、先に反応できたのは弟の方だった。


「旦那様の指示って」

「そ。グラスの準備と照明の調整。だからテーブルの下に潜ってたんだ」


 じゃあ勘違い……? もう何がなんだか分からない。これではサスファのドジぶりを責めていられる立場ではない。


 真実に迫る一瞬かと思いきや、ただの勘違いで人を悪者呼ばわりしただけだったのだ。

 そのガッカリ感にルフィニアは脱力するも、他の二人はそうではないようだった。


「まだ勘違いって結論は早いんじゃないか?」


 項垂れていた顔を起こす。先輩従者の兄の方は手を顎に当てて、何やら考えていたが、ふいに「一つ、気になることがある」と言い出した。


「準備はほぼ万端なんだが、ワインの準備だけは命じられていなくてな」


 妙な話だ。グラスも照明も、ほぼ全てをシリアに任せているということは、事を密かに運びたいはず。

 それなのに、肝心のワインは別の者に用意させるというのは変だ。


「誰に頼んだのか、分からないんですか?」

「……確かめるのは難しいでしょう」


 ウィスクが言う。

 何しろ相手は城のトップだ。シリアは秘書だが、一従者に過ぎないのは他の人間と同様である。主が話したくないことを無理に割らせるほどの力はない。


「ま、とにかく。今出来ることは一つだな」


 何か手がかりがあるのだろうか。ウィスク達が注目すると、シリアは二人の手をしっかりと握って言った。


「全部話したんだから、準備、手伝って」

『……えっ』


 ◇◇◇


「あのあと、私達がどれだけ重労働を強いられたか! 大変だったんだから!」

「分かった。分かったって」


 ルフィニアは息がかかりそうな距離で地団駄を踏み、冷や汗をかく俺――フォルトからようやく数歩下がって、盛大にため息をついた。

 父親の秘書の豪胆さに、ルーシュもくつくつと笑っている。


「にしても、図太いねぇ。そこで追求しないってのが、秘書の鑑というかなんと言うか」


 際まで追いやられた俺は、ベランダにもたれかかった姿勢のまま飲み物の残りを飲み干す。強く握っていたせいで、折角冷えていたそれは温くなってしまっていた。


「幸いその後すぐに連絡が入ったから良かったものの……。心配したのよ」

「悪い」


 結局、突き止めたかった真相はあちこちが穴だらけだった。どこで何がどう繋がっているのか、おぼろげでしかない。

 ルーシュが「ま、こんなもんだろ」と適当発言をした。


「お前、色々と知ってて隠してるだろ」

「さーな。あいつは昔っからあぁなんだよ。なまじ力を持ってるから、飽きるまでやめない」


 意味深な呟きを測りかねて追求しようとしたら、後ろでせっせとジュースを飲んでいたイリスの「ごちそうさまー」が聞こえてきた。

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