◆ルフィニアの追求◆

 そこへ甲高い靴跡が響いてきた。


「フォルト、こんなところに居たの?」


 いつまでも遠い目でいたいような気持ちになっていたところへ、遮る声がかけられる。いつもより気合いを入れて身だしなみを整えているルフィニアが仁王立ちしていた。


「やぁ、あねさん。飲んでるー?」

「飲んでません。じゃなくて、その呼び方はやめてください」


 何度お願いすれば分かって頂けるんですか、と呆れている。


「今日は一段とキマってマスね」

「フォルトまで……。まさか仕事中に飲んでるんじゃないでしょうね?」


 ピリピリとした空気が伝わってくるけれど、彼女の怒りをこちらも大して気にしてはいられなかった。何しろ、俺達が帰ってからずっとこの調子なのだ。


「睨まないでくれよ。そりゃ、大変な目に遭ったのは確かだろうけど、俺の方が何倍も苦労したんだから」


 帰るなり酷い剣幕で捲くし立ててきたルフィニアの顛末は、それなりに同情出来るものだった。


 ◇◇◇


 定時連絡が入らないことで俺達を心配した彼女は、不審な動きをしていたウィスクを追った。秘書である彼の行きそうな場所としては、ここ――ルーシュの部屋が挙がるのは当然だ。


 案の定、書類の整理をしていた目的の人物を発見し、すぐさま問い詰めた。


「何を隠してるんです?」


 並みの相手なら縮み上がる眼光に晒されて、相手は怯んだかに見えた。が、そんな勢いで迫ってもウィスクの緩んだ表情を拭い去れるものではなかった。


「隠してるって、何をです?」


 彼とて伊達にルーシュの右腕をやっているわけではない。きちんと向き直り、抱えた数枚の紙切れを落とさないようにしながら、逆に聞いてきた。

 その余裕たっぷりの姿には逆に気圧けおされてしまいそうになる。


 言い渋っていても仕方がない。ルフィニアは、定時連絡が途絶えていることを伝えた。


「遅くても昼には届くはずなのに……。何か知っているのなら、教えて下さい」


 そう訊ね、先ほどは全く動じていなかった彼の顔が白いことに気がついた。


「確か、イリス様もご一緒でしたよね」

「はい、だから心配で。本当に何も知らないんですか?」


 再度念を押す。すると、考え込んでいた唇から「実は」という言葉が零れた。


「兄さんが、今度のパーティーに面白い余興があると言っていたんです」


 双子の兄の心の内が手に取るように分かる彼は、その口ぶりに引っかかりを感じ、詳細を聞き出そうとして口論へ発展してしまったのだという。

 絨毯を運んだ時の騒ぎだとピンときた。聞き覚えのあったあの声は、シリアのものだったのか。


「余興って、何なのですか?」

「血の宴、としか答えてはくれませんでした」


 吸血鬼のパーティーなのだから出て当然の単語だったが、なんともぞっとする響きにルフィニアも青くなる。


「何が行われるのかは分かりませんけど、もしフォルト達に関係があるのなら絶対に教えて貰わないと」

「でも、あのあと別れてから、兄さんの姿がないんです」


 恐らくはその「血の宴」の準備でもしているのだろう。しかし弟にも明かさない余興とは、なんとも意味深である。


 とにかく探そうということになり、共にあちこちを巡り歩いた。

 けれども、従者を見つけては訊ね、扉を見つけては開いたが、やはりどこにも求める人物の影はなかった。


 最後に会場へ戻ってくると、さすがに疲れ果ててしまった。すでに準備は完了しており、人気は失せている。

 静まり返ったそこへ辿り着くと、二人は綺麗に並べられたテーブルの一角に腰掛けて休むことにした。


 細かい刺繍が施された美しいクロスを指でなぞりながら、ルフィニアはぽつりと呟く。


「その余興には、旦那様も関わっているのでしょうか」


 シリアはこの城の当主の側近である。率先して動いているなら、指示を受けているのかもしれない。ウィスクは咎める口調で言った。


「だとしたら最悪の場合、イリス様を危険に晒しているのは父親、ということになりますよ」


 それから体を強張らせる後輩を宥めるように、言葉を和らげる。


「いくら話し合っても、悪い方向へ行くだけです。まずは兄さんを見つけて、話を聞くのが先決ですよ」

「でも、シリア先輩は一体どこに……」

「呼んだー?」


 ぎくっとしたのは、単に探し人の声がしたからだけではない。その声が、とんでもないところから聞こえてきた気がしたからだ。


「な、何か、聞こえましたよね?」

「えぇ」


 ウィスクも頷いた。心なしか顔も強張っており、どういう表情をしたらいいのか決めかねているようだ。


「確かに聞こえました。……すぐ下から」


 刺繍がうねり、白い布がひるがえる。テーブルクロスからのそのそと這い出てきた物体は、まさに二人が捜索していたシリアに相違なかった。

 白っぽく汚れ、ほつれたり乱れたりしている髪と衣服を整えながら、よっと声をあげて立ち上がる。


「に、兄さん……?」


 シリアの行動力は並々ならぬものがある。だが、今回はあまりにも突飛だった。


「二人で何やってるんだ、お茶?」

「な、『何やってるの』はこっちの台詞ですよ、先輩っ!」


 騒ぎの渦中にいる自覚はゼロのようで、頭を抱えたくなる。呆気に取られた分、その呑気さが気に触ってルフィニアはまくし立てた。


「ずっと探していたんですよ。一体、こんなところで何をしてるんですか!?」

「え、何って、パーティーの余興の準備。旦那様に頼まれて」


 あぁ肩が凝ったなぁなどと言い、そこにあった椅子に腰掛ける。ルフィニアとウィスクはすでに驚きから席を立っており、見下ろす格好になった。


「じゃあ、やはりイリス様を陥れたのは旦那様……!?」

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