第12話 事件の結末
「なんだよ、それ」
あの時の応接間で、俺は全く同じ言葉を吐いた。
様々な思惑が複雑に絡まっているような、実はそうでもないような事情説明に、口がいつの間にか開きっぱなしになっていたのだ。
黒髪のやたら軽い男――イルヤとルーシュが知り合いだったことは納得したが、最も驚かされたのはもっと別のことだった。
「なんで、こんなことに」
何もこんな暗い中で話をしなくても良い気がする。
居心地の悪さを感じているのは自分だけなのかと思いながら、横に座って前のめり気味に話に聞き入る人物を見た。
その人物は紛れもなく、姿を消していたはずのディーリアだった。どこから出してきたのか、手には冷えた飲み物がある。
向かいのソファにはキルイェがしおらしく頭を垂れて座っていた。
「……」
イリスとディーリアは別の部屋にいた。縛られていたわけでも、まして拷問を受けたわけでもない。ただ、放り込まれていただけだった。
何故そんなことをしたのかとイルヤに訊ねると、答えは「邪魔だったから」という単純極まるものだった。
そもそも、初めに捕らえた時は血が目的だったらしい。
わらわらと集まって遊んでいる子ども達の中で、イリス達は特に美味しそうだったから、他の者から離れた隙を狙って捕まえた。が、そこで誤算が生じたという。
「まさか、こんなところにイリス嬢が来るとは思わなくってさ」
イルヤは言葉とは裏腹に楽しそうな声だった。実際、この手のハプニングは楽しんでしまう
とにかく、本当に美味しいかどうか検分しようとよく見れば、知った相手だったというわけだ。仕方なくディーリア共々丁重に軟禁して、後で返すつもりだったらしい。
「
子どもの前だから言葉を濁したが、「アレ」とは首の後ろの傷痕のことだ。イリスが来ていることを知っていたなら、あの反応はおかしい。
言われた美女はくすくすと笑った。
「だって、その方が楽しいじゃない?」
演技かよ、なんて趣味の悪い連中だ。
「このオニーサン、ほんとに面白いね。ウチにくれない?」
「だめ。フォルトはイリスのなのー」
「ちぇー、駄目かぁ」
事ここに至っては隠し通せるものではない。俺はディーリアとキルイェにこちらの正体を含めたあらかたの事情を話して聞かせた。
逆にこちらが驚かされたのは、ある人物のことだ。
「じゃあ、私達がここを出入りしている大人達と会わなかったのは、キルイェのせいだったの?」
「……悪かったよ」
少年は頭を抱えていた。ことの真相が暴かれるにつれて青ざめていく様子は年齢相応に見えて、少し安心させられる。
「金をくれるって言うから、見張りをやってたんだ。でも、まさかこんなことになるなんて思いもしなくて」
「だから、怒ったふりまでして俺から離れたのか」
彼はこくんと頷く。思い出してみても、あの激昂は不自然だった。その理由も今なら想像することが出来る。
怖かったのだろう。ただ居場所を男へ知らせるというお遊びみたいな「手伝い」をしていただけなのに、友人が突如消えてしまったのだから。
「ディーリアもイリスもいなくなって、屋敷から出られなくなって……何が起こったのか全然分からなかった。だから、このひとに聞けば分かるって思ったんだ」
言って、イルヤを仰いだ。
あの場面で俺に事情を説明すれば、友人への裏切りとも取れる自分の行いが明るみに出てしまう。
これまでの関係が壊れてしまうのを恐れたキルイェは、咄嗟に思いついた演技で連れと距離を取り、雇い主に会いに行ったというわけだ。
「で? 一度閉じ込めて、さぞ今来ましたって素振りで扉から入ってきたってところか。ほんと、用意周到というか意地が悪いというか」
呆れて諸々が億劫になる。まんまと罠にはまった自分への憤りもある。
なにしろ、ずっと屋敷内に潜んでいた彼らに全く気付けなかったのだから、役立たずにも程があるだろう。
「別におにーさんが悪いんじゃないって。俺達が凄かっただけ」
笑みは崩れない。心から楽しんでいるイルヤに反論出来ない自分が悔しい。
「……ごめん。ディーリア、俺、ずっと」
重い口を開き、キルイェが呟いた。続きを遮ったのは、謝られている本人だった。
「怒ってないから」
「けど」
「皆さん、ちょっと二人だけにして貰っても良いですか? キルイェと話したいことがあるの。行こう」
言って、ディーリアがキルイェの手を引いて退室していくのが見えた。
その後はイルヤ達も連れて、何事もなく宿屋へ帰ることが出来た。途中、誰とも会わなかったことが気がかりではあったが、ヴァロアに無事を知らせてとりあえずは一息だ。
首謀者達は、ルーシュが呼び寄せたらしき者達が引き取りに来た。人々も解放され、こうして事件は解決を迎えたのだった。
◇◇◇
意識が手元に戻ってくる。予定を繰り上げて帰らざるをえなかったために、あの後、結局子ども達のその後を知ることは出来なかった。
「あの時、ディーリアはどんな話をしたんだろうな」
「だいたい察しは付くだろ?」
ルーシュはそれだけで済ませてしまい、こういう時ばかりは経験の違いを思い知らされる。
酒が入ったわけでもないのに絡みたくなり、「そんなの、ただの想像じゃないか」と尚も食い下がってみた。
「知らなくても良いってこともあるんだよ」
まるっきり子ども扱いだ。一体、いつになったら大人として見られるのか、この調子ではそんな日が来るのかすら怪しかった。
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