第8話 ユーレイ探し
二階は個室が並んでいた。そのうちの一つへ入ると、ベッドにテーブル、クローゼットなど高めの家具が一通り揃っている。
「うわっ」
厚いカーテンの隙間から外の光が漏れているのを見てそっと
「いつも、ここで何をしてるんだい?」
自分には彼らの日常が全く想像出来なかった。遊び盛りの子ども達が、こんな暗くて怪しい館に集まってくるなど理解に苦しむ。
「最初はキルイェがここの鍵が開いてることを突き止めてきて、探検しようって言い出したの」
ディーリアが楽しげに話し出す。
彼女が知る範囲では、何年も前から人が住まなくなったこの屋敷の最後の住人は、とある金持ちの親子だったらしい。
「綺麗なお嬢様が住んでたって、お父さんが言ってた。でも、お嬢様は不治の病にかかっていたんだって」
「難儀な話だな」
美しいご令嬢は命が尽きてしまい、夫婦もそれからさして間を置かずに引っ越した。その後に流れ始めたのが、こういう古い屋敷にはお決まりの噂話である。
「屋敷から女の人のすすり泣く声が聞こえるとか、窓に人影が見えたとか」
噂の現場で話すのは怖かったのか、ディーリアは辺りをキョロキョロと見回す。
対してキルイェは鼻を鳴らし、「幽霊なんているかよ」と
「いるかもしれないじゃない、幽霊とかおばけとか」
「いねぇ」
「ねぇ、いるよね。フォルトさん?」
「え? さ、さぁ」
幽霊がいる・いないで口論を始めた二人は、俺に意見を求めてきた。ここは苦笑いするしかない。
幽霊とお近づきになったことはないが、吸血鬼なら目の前に居るし、この世界にはどうやら魔法使いもいるらしい。
ならば、幽霊くらい居てもおかしくはない。もっとも、それを言うつもりもないが。
「フォルト。ここ、おちつくねー」
にこにこと笑っている幼女は闇の生き物だ。同じ場所にいて、一緒に遊んでいても、他の子どもとは別世界の住人である。
そして、俺自身もそちら側に身を置く存在だ。普段はあまり考えないようにしているが、それが頭をもたげてくると溜め息が出る。
「ねー、そろそろ帰らないと」
ふと誰かが言い出した。昼時だからと、子ども達は家に帰ることにしたらしい。心配した親に、探しに来られるのは困るからだろう。
クモの子を散らすようにほとんどが帰宅すると、残ったのはディーリアとキルイェと俺達のみになった。
「『最初は』って言ってたけど、今は?」
帰宅組を見送ったあと、四人は一階の応接間らしき部屋へ移動した。
ソファが向かい合わせにあり、間に重厚な雰囲気のテーブルが置かれている。俺はソファに手を置いて訊ねた。ディーリアのセリフが引っかかっていたのだ。
『最初はキルイェがここの鍵が開いてることを突き止めてきて、探検しようって言い出したの』
なら、今の目的は違うのだろうか。彼女は「今更隠したって仕方ないから言うけど」と前置きしてから話し始めた。
「なんだかおかしいの」
「オレら以外にも、ここを出入りしてる奴がいるみたいなんだ」
「え……」
誰かは不明だが、確かに存在するという他者の影。きっかけは子どものうちの一人が、大人の足跡を発見したことだったらしい。
確かに、埃一面の床に真新しい大きな靴跡があれば目立つだろう。
「それを調べていたのか。恐ろしい綱渡りをしているもんだな」
向こうだって、こちらに感付いているはずだ。なにしろ痕跡だらけなのだから。知っていて放置しているのだと考えるほうがしっくりくる。
「大丈夫よ。何もしてこないもの」
ディーリア達が無事に屋敷を歩き回っていることから、相手は今のところはこちらに危害を加えるつもりはないようだが、あくまで「今のところ」に過ぎない。
なんだかキナ臭い話になってきた。
「で、目星はついたのか? 足があるからにはユーレイじゃないんだろう?」
「いや、大人ってことくらいしか分かってない。一度、夜まで粘った時にも現れなかったしな」
「それって」
子ども達は頻繁に出入りしている。確実に大人がいるのに出くわさない。それは、見張られている恐れを示唆していた。もしかしたら、今も……?
カチリ、と小さな音がして、俺達は会話を止めた。
「なんだ、今の音」
キルイェの訝る声音から、ごく小さな音が空耳でないことが証明される。今のはまるで。
「鍵をかけたみたいな……」
少女の発言にはっとして、男二人が駆け出した。応接間の扉を殴る勢いで開け、玄関へと先に辿り着いたのはキルイェだ。
追い着いた時には、彼はドアを開けようと必死になっていた。ノブは引いても押してもびくともしない。
「閉じ込められた!?」
「鍵ってのは内側からなら簡単に開くものだろう?」
少年の動揺に首を傾げたが、理由はすぐに判明した。この扉は特殊で、外からも内からも鍵を鍵穴に差すことでしか開閉出来ないらしいのだ。
「何で突然……」
「まさか、俺達だけになるのを待っていたのか?」
「なんだって?」
俺の呟きに、キルイェが聞き返してくる。ずっと子ども達を放置してきた「誰か」が、イリスや俺やサスファという更なる部外者に気付くのは時間の問題だ。
他の子が出て行ったのを見計らって閉じ込めたのだとしたら、こちらに用事がある可能性があった。
「イリス様?」
思考が進むにつれて、恐ろしい思考に行き着く。そうだ、今は離れるべきではない。バン! と耳をつんざく音を立て、応接間の扉を開く。
「イリス様、ディーリアっ」
室内はがらんとしていた。
ランプの灯りしかない仄暗い中、名前を呼ぶ声が空しく反響するばかりだった。
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