第5話 意外な助っ人

「っと、失礼」

「す、すみません!」


 宿から飛び出した途端、誰かとぶつかりそうになり、俺はその謝罪の声にはっとする。目の前にあったのはよく見知った顔で、相手はこちら以上に嬉しそうだった。


「フォルト先輩! よかったー!!」

「……サスファ?」


 十七・八歳くらいの少女――従者見習いのサスファは、満面の笑みで俺の手を取り上下に振った。会えたことに感激しているらしく、随分と興奮気味だ。

 クリーム色のコートからは素足と黒いヒールが覗いていて、どうやら中は従者服のままのようだった。なんで彼女がここに?


「一体、どうしたっていうんだ」


 地上は仕事場と違って、かしこまった格好で歩き回るのに適した環境ではない。とるものもとりあえずといった印象と、言いようのない切迫感が伝わってきた。


「シリア先輩に頼まれて来たんですよ。お手紙の届け先がルーシュ様のところだって、伝え忘れたからって」


 俺は怪訝な表情を隠せずにいた。サスファがにっこり笑って、「イリス様のお世話も一人では大変でしょうから」と続けたことさえ、うっかり聞き損ねかけたところだ。

 立場上、話しをする機会が多いシリアの考えはある程度読むことが出来る。こんな無駄な真似をするとは思えないのだが……。


「先輩?」

「あぁ、いや。何でもない」


 キョトンとしているサスファを改めて見る。まだ見習いではあるけれど、彼女ならば助っ人として役に立つだろう。シリアがそう言っているように感じた。

 きっと何か裏があるはずだ。ここは、素直に申し出を受けることにした。今はとにかく人手が欲しい。


「じゃあ、頼むかな」

「はい! あの、それでイリス様は?」

「あー。……実は、居なくなったんだ」

「えっ」


 熱烈なイリスファンであるサスファの輝く瞳を避け、俺は苦笑交じりに口にした。こうなってしまった以上、隠したところでどうにもなるまい。


「一緒に捜して貰えると助かるんだけど……?」

「そ、そんな!」


 おずおずと協力を依頼するも、それを聞いたサスファは悲鳴にも似た驚嘆の声をあげて、固まったまま動かなくなってしまった。衝撃が強過ぎたみたいだ。


「お、お~い。大丈夫か?」

「あっ、すいません。びっくりしてしまって」


 慌てて軽く揺さぶると我には返ったものの、今度は顔が青白くなってきた。

 あたりをウロウロしながら何やらブツブツ言ったり、道端の石につまづいて転びかけたりしてしまう。


「どどど、どうしましょう。イリス様の身に何かあったら、私、生きていけません!」

「落ち着けって。今、ルーシュも探してるし、すぐ見付かるさ」

「……はぁ」


 一通りパニック状態を終えると、今度は極度に落ち込み始めた。付き合っていてはいつまでも動けそうにない。


「一刻も早く捜索しないと。手伝ってくれ」

「そ、そうですね。分かりました。お手伝いします!」


 やっとやる気になってくれたようで、冷静さを取り戻したサスファがまず確認してきたのは、イリス達が正面の扉からは出ていないという点だった。


「他の出入り口を探しましょう」


 再びヴァロアに会い、彼女を紹介してから、俺達は宿の裏手へと案内してもらった。

 大きな釜や、風呂用の薪などが整理されて置いてあり、その先に簡素な扉がある。ヴァロア達が使う勝手口だ。手をかけると、扉は何の抵抗もなく動いた。


「必要な時以外は鍵をかけておくんです。色々と物騒ですから。……二人はここから出て行ったのでしょう」


 「物騒」という言葉を聞いて、脳裏にルーシュと交わした会話が蘇る。

 彼は「港町ってのは良いものも悪いものも勝手に出入りするところ」などと忠告めいたことを言っていた。


 開けっ放しの勝手口が「ルーシュが身を置く世界」へ通じている気がして、背筋が寒くなる。サスファには落ち着くように言ったものの、自分の方こそ冷静さを欠いていることに気付いた。


「俺も頭を冷やさないといけないな」


 ヴァロアが手伝いを申し出てくれたけれど、彼には宿の仕事がある。万が一イリス達と入れ違いになっても困るため、このまま留まって貰った。

 勝手口からは細い路地へと道が通じていて、分かれ道に差し掛かるその都度つど立ち止まって相談し合うことに決める。


「表通りには出ないはずだよな」

「イリス様がご一緒ですから、日の当たらない道を選ばれるのでは?」

「俺がじきに戻るのを知っていた。きっと、遠くまでは行っていないだろう」


 意見を重ねていけば、自ずと選択肢は絞られてくる。闇に紛れでもするように陰った方向へ進むごとに近付く感触を覚え、足取りが速く、強くなっていった。


『あ……』


 同時に漏らした声には、歓喜と落胆の響きが入り交じっていた。

 三方から迫る高い塀に囲まれた袋小路に出たという事実への落ち込みは、一瞬前の出来事だった。


「これは」


 含まれていたのは、壁に小さく開いた穴を見つけた嬉しさと、その穴が子どもにしか通れないような小ささであることに対する落胆だ。

 思わず振り返ったが、いくら小柄な彼女でも難しいだろう。


「さすがに、ちょっと。すみません」

「となると……上るのも却下だな。穴を広げるわけにもいかないし」


 塀の高さは俺の背丈の倍にも達している。下側が破損している以上、積み上げられた煉瓦が劣化して脆くなっている恐れもある。

 まして、持ち主も分からない建物を壊すわけにもいかない。


「どこからか回りこむしかないですね」

「だな」


 サスファの提案に従い、迂回して入り口を探すことにした。

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