第3部 海辺の町と潮風編

プロローグ

「うわわわっ、おちっ、落ちるっ!!」


 草木も眠る丑三つ時。その言葉通りに、風さえ音を立てない夜闇の空に、けたたましい叫び声が響き渡った。


「うわあぁ、楽しいよー!」


 三日月の細面から発せられる薄明かりの中に浮かびあがる影は、二人がぴったりとくっ付いて重なったものであった。

 俺――フォルトは青い顔をして片腕に小さなイリスを抱き寄せ、もう片方の手で頼りない、草のつるで編まれた縄を握りしめている。


 縄は二人が座る長方形の板を支え、上から引っ張る力で吊り下げられる格好を取る。いわば、宙に浮くブランコ状態だ。


 こわごわ上を見上げると、そこには音もなく飛び続けるコウモリの群れ。彼らがブランコを支え、二人を空へ誘っているのである。

 もちろん盛大に揺れ、スリル満点なのは言うまでもない。


「ねぇねぇ、フォルト。風がすごいねー!」


 暗がりの中で見るイリスの瞳は紅く輝き、その口元には鋭い牙が覗いている。慣れたといっても、それをこんな状況で目の当たりにするとなんとも言えない気持ちになる。


 深緑色をしたフード付きの上着に身を包む彼女は、どんなにあどけない表情をしていても吸血鬼であることに変わりはないのだ。


「今夜は冷えますから」

「あぅ」


 そう言って幼女にフードをかぶせ、尖った耳をその下に隠した。俺自身も仕事着である黒スーツではなく、今は彼女と似た色のコートで足下近くまで体を覆っている。

 まるでマントのようにそれは風を受けてひるがえり、一時イリスの興味を引いたが、過ぎてしまえばパタパタと耳障りな音をさせるばかり。


 中には服と一緒に長い髪も仕舞われていた。どこかに引っかかったりしたら目も当てられない。


「フォルトのかみをマフラーにすればあたたかいよー?」

「……」


 確かに長さ的には問題ないが、他の面では大アリである。それにしても旅を始める前に髪も切らせてくれないなんて、と俺は今更ながらに従者の身の上を思い知るのだった。



 ◇というわけで第3部開始です。

 メインは変わらずフォルトですが、今回は都合により視点があちこち移ります。

 ご注意ください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る