第15話 魔法使いの来訪
ルクレチアが客間へと案内してきたのは、意外にも人懐こそうな笑みを浮かべたひとりの男の子だった。
誰だろう。この屋敷の住人ではなさそうだが。
「あぁ、こんなに早く来て貰えるとは思っていませんでした」
ルデリアは相手の顔を確認すると、立ち上がり、彼の手を取って再会の喜びを口にする。
「ルデリアさんの頼みとあれば、何を置いても参上しますよ」
紫がかった暗色のローブを脱ぎ、片腕に抱えながら入ってきたその客は、年齢は高く見積もっても15に足るかどうかといった年恰好の少年だ。
体はゆったりした服装に隠されてしまっているが、かなり細見じゃないだろうか。村さえないこの地にどうやって来たのか、疑問に感じるほどだ。
「すみません。お取込み中でしたか」
すぐには接点を見いだせないこの二人は、どうやら深い知り合いらしい。客人はこちらに気が付くと、眠っているイリスに配慮して小声で突然の来訪を詫びた。
「こっちは全然構わないぜ」
ルーシュは言ったが、どこか含みのある声音に聞こえた。新たな訪問者に、絡め取るような視線を向けている。
彼がこんな態度を取る時は必ず何かある。でも、それが何かまでは推し量れなかった。
「初めまして」
対する少年は動じた様子もなく、茶の髪を揺らしてお辞儀をし、にこりと笑みを浮かべる。
「オルトと申します。ルデリアさんとは以前から懇意にさせて頂いていまして。どうぞ、お見知りおきを」
固さのない物腰と大人びた物言いに、俺は口をぽかんと開けてしまった。幼い印象を与えるその身に、もしかして
ルデリアの知り合いならば、多少何があろうと不思議ではないか。
「さぁ、オルトさん。どうぞ、こちらへ」
自分は屋敷の主人に席をすすめられた身だが、自分達以外の客人の前でさすがにそのままというわけにもいかない。
さっと立ち上がり、ソファの後ろに控えてルーシュやイリス、そして自分のことを紹介する。
オルトは席を譲ってくれたことに感謝しながら腰かけ、すやすやと寝入っているイリスを暖かい瞳で見下ろす。
「ルーシュさん、フォルトさん。オルトさんは魔法使いなのですよ」
ルデリアの紹介にルーシュは「へぇ」と応えたが、俺はそれで済まされてしまうのは非常に困ってしまう立場だった。
今、さらりと常識外な説明をされた気がするのだが。
「あの、すみません。魔法使いと仰いましたか?」
魔法使いというと、絵本や児童書に出てくる不思議な力の持ち主のことだろうか。
本の世界では、呪文や道具を使って何もないところから様々な物を生み出したり、おどろおどろしい薬を作ったり、見えるはずのない場所や未来を覗いたりする存在として描かれる。
時に楽しい夢を見せ、時に人を惑わす、どちらかというと意地悪なキャラクターを彷彿とさせる単語であり、正直なところ目の前の少年とは重ならなかった。
「おや、フォルトさんはご存じありませんか?」
ごく当たり前のことのように話されても困惑するばかりだ。地上では常識的なのだろうか。ルーシュが「悪いな」と口を挟んできた。
「こいつ、ガキの頃からほとんど外に出てないからさ」
渡りに船で助かったものの、むっとしてしまうのは、フォローの相手がルーシュだからなのか、世間知らずの烙印を押されたからか。
オルト本人は笑みを湛えたまま、「簡単にご説明しましょうか」と話し始めた。今までにも何度か同じ話をしたことがありそうな雰囲気に、少し安堵する。
「どのようなイメージをお持ちですか?」
問われて、先ほど思い浮かべた印象をそのまま述べる。
イリスに読み聞かせてやる本に登場する者達くらいの知識しかないのが恥ずかしいけれど、仕方がないことだ。
「そうですね……。さすがに、ないものを生み出したりは出来ませんが、薬は作りますよ。それから占いや予知のようなことも行いますね。色々な方のご相談に乗る、なんでも屋といったところでしょうか」
「私も何度もご相談に乗って頂いていたんですよ」
ルデリアが言い添え、やはり目の前のオルトが普通の子どもではないと確信する。
俺は思わず「……人間?」と口から零し、はっとした。もう舌先から離れた後で、取り戻すことは出来ない。
「し、失礼しました」
ふふっと軽く笑い飛ばしたのは今度もオルトだ。恐らく、この反応も今まで何度となく経験してきたのだろう。
「いえ、お気になさらず。人間ですよ、一応ね」
そう言った彼はやはりどこか老成して見えて、冗談めかした返事には他意が含まれているような気がした。
「実際に見て頂いた方が早いですね。では、少し失礼して……」
オルトはおもむろに両手を胸のあたりでぎゅっと握ると、二・三、聞いたことのない言葉らしき音を呟いた。かと思うと、広げた指先が揺れるのにあわせて、チカチカと光が舞った。
「わ……」
生まれた光は星のような輝きを放ちながら辺りに飛散し、蝶の如く羽ばたいたかと思うと、煌めいては儚く消えていく。室内がまるで小さな夜空のようだ。
「これが魔法……」
種も仕掛けもない神秘さを、直感的に肌で感じた。
「正式には魔術と言います。これは明かりを灯す魔術を応用したものですが、綺麗なので気に入っているんです。楽しんで頂けましたか?」
すっと下げられた手の動きと同時に夢の時間は消え去り、少年がまたもにこりと微笑む。他の皆も柔らかな表情を浮かべていた。
イリスが起きていればさぞ喜んだことだろう。それだけが少し残念だった。
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