第13話 消えた村と現れた少女

 眼下に広がっていたはずの、ちっぽけな家並みと周辺の田畑は、どこにもない。

 いや、正確には微かに建物らしきものの残骸を残して木々に覆われている。森に飲み込まれたといってもいい状態だ。


「なぁ、何がどうなってるんだよ」

「廃村の見本市だな」


 それも、つい最近放置されたとは思えない有り様だった。やはりまた飛ばされたのだ。そう実感すると同時に、どれだけ未来の世界にきたのだろうとも思った。


「数日じゃない。数か月でもなさそうだぜ」

「また年単位の時間が流れているのは確かってことか」


 イリスが眠っていてくれて助かった。花壇の花々を眺められないのと引き換えに、こんな悲しい風景を見ずに済んだのだから。


「お客様ですか?」

「!」


 目の前に光景にあまりに驚いたため、近づいてくるまで気が付かなかった俺は肩を震わせ、一瞬さまよわせた視線を声の主に向けて、再度息を呑むことになった。


「あの……?」


 使用人服を着込んだ若い娘が、怪訝な表情で立っていた。くりっとした瞳が印象的なその子を見たとき、初めはレイテかと思った。

 背格好は言うに及ばず、顔も声もそっくりで、だが、どこか違和感がある。


「レイテ? ……じゃないみたいだな」

「母のお知り合いの方ですか?」


 出てきた思わぬ単語にどきりとする。今、「母」と言ったか。


「というと、レイテ、さんの娘さんってことでいいのかな」

「はい。娘のルクレチアと申します」


 こちらを母親の知り合いだと確信したらしい彼女は、ふわりと口元を緩めて客人を歓迎する素振りを見せた。レイテよりおしとやかそうに感じられる微笑みだ。


 この世界に迷い込んでから同じセリフを何度も繰り返している気がするものの、またも簡単に自己紹介を済ませると、とても久しぶりに訪れた旨を伝えた。

 本当のことは言えないのだから仕方ない。


「下にあった村は……?」

「……私が子どもの頃に放棄されました」


 瞳を陰らせながらぽつりぽつりと語ってくれた話によると、10年ほど前に、村をかつてないほどの飢饉が襲ったのだという。


「何カ月も雨が降らず、そのうちに近くを流れる川もやせ細り、作物が取れなくなってしまったのです」


 不作は農村には付き物の災害だ。蓄えも用意してあったらしいのだが、それが底をついてもなお、雨は降らなかった。


「飢えと病気でみんな次々に死んでいきました。最初に体力のないおじいさんやおばあさんが亡くなり、子どもにはひもじい思いをさせまいと頑張った大人達も倒れ……限界でした」


 土地にしがみついても、待つのは死ばかり。

 はじめはあれやこれやと議論していた村人達も、やがては選べる道は一つしかないというところまで追いつめられた。


『村を捨てるしかない』


 こけた頬の大人達は決意をし、残った僅かな食糧の一部をこの地に留まると決めたルデリアに譲り、去って行ったのだという。

 大切な食べ物を幾らかでも置いていったのは、この時も病人へ医術を施し続けたルデリアへの、せめてものお礼だったらしい。


「父と母は私達を連れて、ルデリア様の元に身を寄せることにしたのです」

「そうだったのか……」


 ざっと計算して、前にいたところから15~20年は経過しているだろうか?

 時間の流れに思いを馳せる一方で、ルクレチアの「父と母」が耳に残った。ルデリアとレイテは結ばれなかったのだ。

 ルデリアがそれをよしとしなかった可能性は高い気がする。


「気が付いてもおかしくない時間だな」

「あぁ」


 ルーシュは別のことを考えていたらしく、ルクレチアには聞こえない程度の小声で呟き、俺もすぐに何のことかを察した。

 ルデリアの正体について、に違いない。


 直前に見せられた光景に依れば、一度は緩やかに死地へ赴こうとしたルデリアも、レイテの身を挺した説得に応じ、生きていく道を選んだ。

 彼が村を訪れてから日照りの年までが、どれほどの長さかははっきりしなくとも、人々が彼の異質さに気付くには十分な時間である。


「村人も、いつまで経っても年を取らないルデリアを妙だと思ったはずだ。でも、最終的には受け入れたってことだろうな」

「そっか」


 きっと、その関係に至るまでには様々なすれ違いや複雑な思いの交錯があったのだろうが、知るすべはない。


「でも、結末がこれか……」


 ひとりの孤独な吸血鬼が、長い旅の末にたどり着いた安息の地。

 山深い村と高台の屋敷という、この距離をもってしてようやく共存できていた彼らを、自然が容赦なく引き裂いた現実に、苦みを覚えずにいられない。


「約束は守れたろ?」


 隣でルーシュが呟き、レイテのことだと直感した。自分が絶対に死なせないと激昂げっこうした女性は、今もこうして傍らに寄り添い続けているのだ。


「あぁ。それだけが救いだな」

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