第2部 空に浮かぶ城の秘密編
プロローグ
むかしむかし、一人の吸血鬼がいました。
本能に従って人の生き血を吸い、
若い時の姿のまま長い長い時を生きてきた吸血鬼でした。
その吸血鬼は放浪の末、一人の人間と出会いました。
人間は言いました。
「自分がずっと傍にいるから、ここに留まってほしい」
血のように紅い瞳の吸血鬼は、人間の言葉に頷き、
共に暮らすことにしました。
やがて、人間は
「家族」が増えていきました。
悲しきは、人間の儚さでした。
吸血鬼は人間の手を握って涙を流します。
その姿は、約束を交わした時とほとんど変わっていませんでした。
そんな吸血鬼の傍らには、
立派に成長した人間の子どもたちが寄り添います。
親に良く似た子の一人が言いました。
「交わした約束は、自分たちが守っていきます」
吸血鬼は頷くと、友と「家族」を連れて地上を捨て、
空へと住処を求めました。
未来永劫、約束が破られることのないように――。
◇◇◇
「待って、止まって下さいってば」
「えへへ、こっちだよぉ」
小さな子どもが走るぱたぱたという足音と、それを追いかける大人の大きな足音が塔に
煉瓦造りの塔群は幾重にもそびえ、今日も城は不思議な力で空に浮かんでいた。作り物の光に照らされた円柱形の塔はどこも複雑に入り組み、慣れぬ者を迷わせる。
「こっち、こっち」
イリスは、慌てるこちらの様子を楽しみながら軽やかに逃げた。かたや俺は息を切らし、主人たる幼女に追いつこうと肩を上下させつつ足を前へ出す。
こんな光景はいつものことだ。彼女は鬼ごっこをして遊びたいだけで、他意はない。そう思っていた。あの違う角を曲がるまでは。
「あっ」
金髪を顔の横でまとめて長く長く垂らし、黒い従者服を纏う俺・フォルトは、ふいに違和感に襲われた。
それまでとは明らかに違う、ぴりりとした緊張が背中を伝い、その感覚の正体に思い当たって声を張り上げる。
「イリス様、駄目ですよ!」
しかし、銀髪に鮮やかな紅い瞳を持った幼女・イリスは深い色のマントを
「大丈夫だよ。フォルトもおいでよ~」
口元には小さくも鋭い牙がちらりと覗き、彼女が闇の生き物であると教えている。そう、イリスは吸血鬼の子どもだった。
「ほらほら」
「いけませんって!」
延々と続いていた扉同士の間隔が広がり、徐々に部屋が大きく、そして数が少なくなっていく。そこはイリスの家族である当主一家が住まう、特に気を付けなければならない区域だった。
「そっちは旦那様や奥様のお部屋ですっ、許可がなくては入れませんよ!」
付け加えるならば、イリスの兄・ルーシュの部屋もあるのだが、俺の勘定には入らない。
昔からの因縁で彼への敬意は一切失せており、部屋に侵入した程度で怒らないことも知っていた。もっとも、どんな罠があるか分かったものではないため、誰も入ろうとはしないのだが。
円を描く回廊は互いの姿をいとも簡単に隠してしまう。響いてくる声も、こころなしかエコーがかかっているように聞こえた。
「フォルト―、こっちだよー」
「だ、駄目ですよ……!」
俺はすでに世話係如きでは入ることを許されない場所へと踏み込んでおり、足を止めて辺りを窺う。
ここへ来るとしたらイリスの父母である当主と奥方、そして双方の側近達くらいしか思いつかないが、見付かれば絶対に咎められる。一刻も早く立ち去らなければ。
「イリス様、戻ってきて下さいっ。旦那様や奥様に叱られますよー!」
声を潜めながら叫ぶという無意味に等しい行為に及んだものの、それ以上の勇気も、返事もない。行くべきか戻るべきか逡巡し……俺は元来た道を引き返し始めた。
放って置かれればイリスもやがて戻ってくるだろう。世話係としては間違った判断かもしれないが、従者としては正解の行動だと思う。
その彼女が消えた向こうで、がちゃっという扉が開く音が聞こえ、中に入っていく気配を感じても、自分にはどうすることも出来なかった。
◇このシリーズの本編とも言えるお話です。
それでは始まり始まり……。
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