最終話 やってきた最終兵器

 どれだけ大きかろうと雪は雪だ。砕けないはずはない。視界が再び真っ白になり、デジャヴが脳裏に過ぎる……までもなく。


 げしっ!!

 何か重いものが自分を押し戻そうとする感覚に呆気に取られた刹那、どどっと音を立てて体が斜め向こうの壁に叩き付けられた。鈍く背中が痛む。


「痛た……」


 何? もしかして、雪だるまが動いた? まさかそんな馬鹿な。


 しかし、幸か不幸か飛ばされた先は室内だった。そこにはピョンピョン跳び跳ねるイリスがいて、隣にクリーム色の髪をした姉弟の姿もある。

 気が強そうな少年がクシル、対照的に所在無げに瞳を揺らす女性がミルラだ。どちらも吸血鬼の証である濃い色のマントを羽織はおっている。


「イリス様!」

「雪だるまは可動式なんだぜ。な、凄いだろ!」

「わーい、もっとうごかして~」


 はたしてその「まさか」だったとは。怪しげな術かカラクリかは知らないが、困ったものを持ち込んでくれたものだ。

 あの小僧いつか絶対に……! 喉元まで出かかった罵詈雑言を無理矢理呑み込んだ。


 ムカムカするほど腹は立ったが、解ったこともあった。

 このままここにいるのは、とてつもなくヤバイという事実である。あの雪だるま型兵器をなんとかして、一刻も早くイリスと共に脱出しなければ。


「あらあら、クシル。その、ちょっと、危ないのじゃないかしら」


 駄目だ、ミルラは役立たず以外の何者でもない。いっそクシル以上の憎々しさを感じながら、まずは敵の動きを観察しようとした。それがまずかった。


「行け、正義の鉄槌てっつい~!」


 クシルが高らかに命じ、雪だるまから白くて固そうな足やら手やらがにゅにゅっと飛び出してこちらに襲いかかってくるのが、妙にスローで見えた。


 成す術のない私が思う事はただ一つ「誰が正義だ、この悪魔」だ。どうするどうする、いや、逃げる以外に選択肢などない!

 半ベソをかきながら駆け、扉にすがり付く。慌てると滑ってしまい、なかなか開かないそれを何とか開くと、勢いを落とさず外へ踊り出た。


「助けてぇっっ!!」


 ――扉は開ききる前に、向こう側にいたらしいフォルトの顔面に直撃したのだった。


「で、どうする?」

「……どうする、と言われても」


 その後の展開も怒涛どとうだった。

 私がパニックを起こし、クシルへの怒りでフォルトが大暴走し、女装男子の先輩・シリアが拳の一撃によって沈めた。

 他に説明のしようがないのだが、改めて列挙すると意味不明の極みだ。


 ただ、一番の問題であるクシルと雪だるまが消えたわけではない。雪で出来ているとは到底思えない動きと大きさに、いよいよ私達が手も足も出ない状況へと追い込まれた時だった。


「クシル様!!!」


 女性のものと思われる、鋭い叫びが響いた。音量は凄まじく、びりびりと建物までが恐れをなして震えたようだった。

 鬼が、いや、神が来たと思った。絶賛気絶中の同僚を抱えた私とシリアは待ち望んだ時の訪れを感じ、ゆっくりと振り返る。


「また、やりましたね? ……悪戯を」


 今度は大声でもないのに、地響きの如き重低音が地面を這い伝う。

 ガツンガツンという足音が加わり、階段を上りきった黒髪の女性が仁王立ちした。私達とは黒の色合いは同じでもデザインが違う制服に短いスカート、そして丈の高いブーツを履いている。


「え、エカティナっ?」


 今までの威勢が嘘のように、余裕たっぷりだったクシルは明らかに慌てふためいてその女性の名を呼んだ。


「何で、何でお前が居るんだよ!? 今日は用事で来られないって言ってただろ!」


 エカティナと呼ばれた若い女性は、クシルの世話係兼教育係にあたる人物だ。

 黒髪をきゅっとまとめた可愛らしい外見からは想像もつかない威圧感を、全身からみなぎらせる彼女の数々の噂話を思い出す。


 物心つく前から周囲の手に負えない悪戯ばかりするクシルは、これまで何人もの従者を振り回しては追い返し続けてきたと言う。

 そんな困った子に最後にあてがわれたのがこのエカティナだったとか。


「悪戯小僧には、お仕置きですね?」


 従者としては珍しい足を強調したコスチュームは、機動性を重視した結果だとも聞いた。彼女は紫の瞳に怒りを浮かべ、ゆっくりと雪だるまと対峙する。


「いつもすみません。ウチの馬鹿ガキがご迷惑をおかけしまして」

「えっ、あの……ご丁寧にどうも」


 途中、こちらに軽く頭を下げるのも忘れないあたりは従者の鑑だが、中身はびっくりするセリフである。返事が妙な調子になるのは仕方がないだろう。

 見る限り、サスファよりやや年上くらいか。見習いの彼女と明らかに違うのは、確固たる信念を持った眼差しと、有無を言わせない雰囲気だ。


「これはイリスへのお土産で……な、なぁ、イリス?」

「うん。楽しかったよ~!」


 クシルの必死の言い訳は逆効果だった。静かな怒りが彼女の全身を湯気の如く立ち上っていくのが分かる。

 そうして、すらりと長く美しい片足が上げられ――雪だるまめがけて繰り出された。


「いたいけな、純真なイリス様になんてことをっ!!」


 どばぁっ!

 「全てを粉砕する」と評判の蹴りは噂以上で、雪だるまを一撃で打破したかと思えば、首謀者クシルをあっけなく引っ捕らえた。


「それでは急ぎますので。失礼いたします」

「やだ、やだやだやだ帰らない! ……ヒッ!?」


 猫掴みよろしく持ち上げられた小僧は、エカティナの一睨みで硬直した。帰ってから起こるであろう「おしおき」に、心の底から恐怖してガタガタと震えている。

 二人の後ろをミルラがいそいそと付いていく。自分の弟を止められない気弱な彼女のことだ、エカティナの仕置きもきっとオロオロしながら眺めることだろう。



「……はっ」


 我々もずっとぼんやりしているわけにはいかない。一応の客人である三人の見送りのためにシリアが追随するのを見届けた後は、伸びてしまったフォルトを尻目に、部屋の片付けに取り組む羽目になった。


「雪だるま、すごかったねー。フォルト、見られなくて残念だったねー」

「そうですね」


 たらいに雪を詰めては窓の外に捨て、濡れてしまった布類を纏めて洗濯に出し、壊れた壁の修理を手配する。溶けかけた雪のカケラを冷え切った指先でつまみながら溜め息を付く。


 けれど、こんな気の滅入る作業をイリスは楽しんでいるようだった。普段、自分で掃除をしない幼女にとっては、これも遊びの一つみたいで面白かったのだろう。その笑顔がせめてもの救いだ。


「イリスね、今日フォルトと雪だるま作ったんだぁ」

「それは良かったですね」

「うん。ルフィニアもみてね!」

「はい。是非」


 正直、しばらく雪だるまは見たくないと心の中だけで思いつつも、私はイリスに微笑み返したのだった。


《終》



◇フォルト視点では書いていなかった点をメインにしてみました。

 個人的に好きなのは、やっと登場させられたエカティナです。彼女の最強伝説をいつか書きたい(笑)。

 最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。


 次回からはこのシリーズの本編でもある第二部に突入します。

 少し長いお話になりますが、またお付き合い頂ければ嬉しいです。

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