閑話2 はっぴー? はろうぃん

 ※第一部より少し先の未来。イリスが城のどこへでも行けるようになった頃のお話です。


「とりっくおあとりーと!」

「うわっ」


 扉を開けるなり叫ばれて、俺は思わず後ろによろめいてしまった。尻餅を付くのだけはギリギリ回避出来たが、踏ん張った左足がぎしぎしと痛い。


「な、いきなり何ですか、イリス様? しかもその格好は……」


 主人である幼女をじろじろと見つめる。まだ舌足らずなところが残る声からイリスであることは間違いないが、何故か真っ白いシーツらしきものを頭からすっぽりと被っている。


 ちょうど顔の部分には穴が三つ開いており、そこからは目と口が覗く。特に大きな瞳が俺ににこにこと笑いかけていた。


「はろうぃんだよ! とりっくおあとりーと!」

「『ハロウィン』?」


 小さなシーツ怪人? は、布をパタパタはためかせながら先ほどと同じ言葉を繰り返す。何かの呪文だろうか。残念ながら、ピンとくるものはない。

 予想通りの反応を示してくれない俺に、イリスは「あれ?」と首を傾げた。


「イリス様。フォルトは知らないのですよ」


 どうやら他にも客がいたようだ。肩よりやや伸びた紫の髪を長いリボンで結い、細い眼鏡を几帳面そうに持ち上げる女性・ルフィニアが、優しく話しかけている。


「意味を知らないと、お菓子も貰えませんよ」

「そっか!」


 イリスはそれを聞いて納得したようだった。知らないなら教えればいいのだ。


「あのね、フォルト。はろうぃんは、おばけになって、おどかすの。おかしをくれないとイタズラしちゃうんだよ」

「はぁ、なるほど……?」


 たどたどしい説明だったが、ルフィニアの言葉と合わせることでなんとか事態が飲み込めた。お菓子をあげないと、シーツ怪人改め「オバケ」に扮したイリスに悪戯されてしまうようだ。


「それでは、今の呪文みたいなのが、そうなんですね?」

「そだよ! とりっくおあとりーと! おかしをくれないとイタズラしちゃうぞー、だよ!」


 ばさばさっと布が揺れて音を立てる。改めて見ると、オバケには似つかわしくない元気の良さがなんとも可愛らしい。


 仮装が面白いのか、お菓子を貰えるのが嬉しいのか。いずれにしても、そんな微笑ましい様子にこちらの口元もほころぶ。

 けれど、残念なことに俺には、お菓子の持ち合わせがなかった。


「すみません、イリス様。今、お菓子を持っていなくて……」


 とたんに、元気一杯だった白いおばけがしゅーんと項垂うなだれ、しぼんでしまった。


「えー、ないのー? せっかくおばけになったのにぃ」


 多分、布の中でむむっと口を尖らせているのだろう。ハロウィンを知らなかったから仕方ない、などと幼い彼女に言えようか。きっとワクワクしながら準備したに違いないのだ。

 俺は暫く首を捻り、あることを思いついた。ここで諦めてしまうのは早い。


「そうだ。他のみんなのところへも行ってみてはいかがですか?」

「みんなのところ?」


 新しい提案に、今にも泣き出しそうだった顔が上がる。


「俺はあいにく知りませんでしたけど、きっとお菓子をくれる人もいますよ」

「そうかなぁ?」

「えぇ、必ず。そして、もしお菓子が集まったら、ここへ帰って来て下さい」

「どうして?」

「それは後でのお楽しみです」


 にこりと笑いかける。イリスはこてりと小首を傾げたが、やがて「わかった」と頷いてルフィニアと共に部屋の外へと出て行った。きっと、数時間の間は悲鳴やら笑い声やらが従者塔を包むことだろう。


「さてと、行くか」


 その白い後ろ姿が視界から消えるのを見送ってから、階段をおりていった。目指すは書庫、それから厨房だ。

 何をプレゼントすれば、主人の笑顔を引き出すことが出来るだろう?


「よし、忙しくなるぞ!」


 声を張り、気合を入れ直す。夕方には幼女の喜ぶ顔が見られると信じて。


《終》



◇吸血鬼が仮装? というツッコミ待ちなお話でした。無邪気な可愛さが伝わっていると嬉しいです。

 イタズラされるフォルトも面白そうですけどね(笑)。

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