エピローグ
「フォルトがご飯食べてるところにつれてって~」
「うーん」
無邪気な顔で服の裾を引っ張りながらせがむ彼女を見下ろし、しばし唸って悩んだ。
従者塔に吸血鬼が来ることは珍しく、反応は昼間の一件の通りだ。あの空気を幼いイリスに感じさせるのは気が引ける。
それに、気兼ねない付き合いをしている俺達にも、底辺には厳然たる主従の関係がある。主人と一緒に食事を取るのは、それなりの意味を持つ行為なのだが、彼女にはまだ理解できないことかもしれなかった。
「じゃあ、連れていくのは無理ですけど、ここでなら一緒に食べますよ」
なんとか捻り出した妥協案に、イリスも感じるところがあったのだろう。それ以上はねだらず、こっくりと頷いた。
俺は主人を待たせて、急いで食事の用意をしに走った。どうせ大した時間はかからない。係が常に控えているからだ。
彼らは常に待機していて、その腕を振るってくれる。イリスの担当料理人は笑顔の絶えない穏やかな若い女性で、作ってくれる料理も優しい味と香りがする。
料理部屋を訊ねると、今日も白い服に白い帽子といった、コックの装いにきりりと身を包んでいた。
俺は事情を説明して二人分の料理を拵えてもらう。そうして、テーブルまで一緒に運んだ。
テーブルに、白地にピンクの小さな花の
「待ちきれないよー、はやくはやく!」
にこにこしながら周りを回って、テーブルに置かれた料理に「美味しそう」と騒ぐ姿が微笑ましい。椅子をひいてやればちょこんと腰掛け、スプーンを持って急かしてくる。
「はい、本日の夕食はオムライスですよ~」
明るい髪色の料理係が礼をして下がり、扉がしまるパタンという小さな音がした。
オムライスの黄色に赤という鮮やかなコントラストが美しい。鼻をくすぐるのはトマトの酸っぱい香りだ。とろけそうなふわっとした卵の上に、特製の酸味控えめソースがかかっていて食欲をそそる。
俺が向かい側の席に座れば、ささやかな夕食会のはじまりだ。
「いっただっきま~す!」
言い終わる前からスプーンは卵に突っ込まれている。余程空腹だったのだろうなと思いながら、その勢いに習った。
「んん!」
「おいし~!」
一口食べて、想像以上の旨さに思わず声が出てしまう。卵は柔らかくほんのりと甘く、中のライスの味付けも絶妙だ。材料からして違うのだろうが、やはり料理の腕も素人とは段違いだ。
「あとでデザートを持ってきてくれるって言ってましたよ」
「ホント? わぁい、楽しみ~!」
楽しい時間はあっとういう間で、そうこうしているうちにも約束通りデザートのプリンが運ばれてきた。今度も二人はまたしてもその美味さに
食器を下げたあとは、風呂や着替えなどの寝支度を済ませ、イリスをベッドに寝付かせてから部屋を出る。
幼いイリスの夜は早い。吸血鬼一家にそれぞれ付いている世話係の中で、自分は最も早く自室に戻れる人間だろう。
「……」
廊下でふいに立ち止まり、つい今しがたまで繋いでいた手を見詰めた。イリスが生まれた時に就いたこの役目も、いつか離れる時期が来るだろうなと考えてしまう。
「ふぅ」
夜は特にしんしんと冷える。他の従者と何度かすれ違いながら、今度はおもむろに空を見上げた。
完全な円に近い月が、夜空に煌々と光りながら浮かんでいた。
《終》
◇お付き合いありがとうございました。
フォルトのドタバタな一日でした。
ちらっとしか出なかったり、名前しか出てこなかったキャラがいたと思いますが、また他のお話で活躍するかもしれません^^
次回以降は登場人物紹介や閑話を幾つか挟んで、ルフィニア編を投稿する予定です。
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