第4話 作り物の箱庭

「全部、作り物だなんてな」


 ぽつりと呟いた言葉も、白い息になって消えていく。

 こうして住んでいても信じられない話だけれど、太陽に嫌われた闇の生き物である吸血鬼達は、大昔に地上を捨てて不思議な力で空に城を造ってしまったのだそうだ。


 城の周囲をすっぽりと結界という膜で覆い、その小さな世界の中に偽りの太陽と雲を生み出すことで、彼らは光を手に入れたと聞いている。


 あえて地下には潜らず、こんな壮大な仕掛けを作ってしまうほどに、明るい世界にがれたのだろうか。

 そして何故、俺達人間はここで生まれ、生きているのか――。


「それじゃあ、雪だるまでも作りましょうか」

「うん! つくろうつくろう!」


 考えても詮の無いことだ。気持ちを切り替え、声の調子を上げて提案すると、彼女は元気に走り寄ってきた。途中、転びそうになりながら駆けてくる姿を見ていると、不思議と乗り気になってくる。


「さ、イリス様は上を作って下さいね」

「はーい!」


 手を上げて返事をするのが可愛らしい。イリスは先程俺に投げつけた雪玉の残骸ざんがいに飛びつき、丸め直してから転がし始めた。


「よいしょ、よいしょ」

「転ばないように気を付けてくださいよ」

「だいじょーぶ!」


 俺は俺で白い地面を一心に見つめてイリスと同じ動作をしながら、雪の音を聞くとも無しに聞いている。


「どれくらいの大きさにしましょうか」

「えっとね、……おうちくらい!」


 せいぜい幼い主の背丈程度だろうと思っていたら、返ってきた答えは想像を遥かに超えていた。いくらなんでも大きすぎる。作れたとしても置き場所もないだろう。


「それはさすがに無理ですよ……」

「えー、そうかなぁ?」


 そんな会話を交わす間にも、少しずつ塊は大きさを増していく。最後には、イリスの身長に追い付きそうな程の雪玉が完成した。彼女が渾身こんしんの力を込めて作った顔の部分もちょうどいいサイズだ。


「はやくはやく」

「はいはい。よっ、と!」


 せがまれて雪玉を持ち上げると、予想以上にずしりとした重みが腰にかかった。子育ては体力勝負というが、こういう時にまざまざと実感する。


「ふぅ」

「わ~、出来た~!」


 積み上げてみれば、二人の力作はかなりのものだった。俺の胸あたりを超える高さの雪だるまだ。

 イリスは跳び跳ねて喜び、雪だるまの顔や手を落ち葉などで作り、身につけていた赤い手袋とマフラーを着せてあげて、ようやく満足した。


「さ、ほら、冷えちゃいますから。中に入りましょうね」

「はーい」


 よほど楽しかったのだろう。その軽い身をひょいと抱えて城へ引き返す時にも、彼女はずっと白と赤のシルエットを見つめていた。


 ◇◇◇


「さぁ、イリス様。今日は算数から始めましょうね」

「もうそんな時間か」


 イリスの部屋へ再び戻り、冷えた体を暖炉の火で暖めていると、朝に食堂で別れたきりだったルフィニアが数冊の本を抱えてやってきた。


 重要な忠告をしてくれた眼鏡の女史は俺と同じくイリスに仕える人間だが、彼女の役目は勉強や作法を教える教育係である。

 ルフィニアは本のページを示し、努めて明るい声で話しかけた。


「ここからですよ」


 教育係が引いた椅子に、イリスがちょこんと座る。机の上は、本以外には羽根ペンとインク壺と羊皮紙が数枚並べられていた。


「それじゃ、あとは私が引き継ぐから。あなたは何か食べていらっしゃい」


 ルフィニアに言われて、ふと朝食を取っていないことに思い至る。途端、急に空腹感が襲ってきた。

 何も食べずにイリスに血を飲ませた挙げ句、雪の降る中で遊ぶとは、我ながら自分の体力に感心してしまう。でも、さすがにもう保ちそうにはなかった。


「じゃあ、ちょっと行ってくるかな」

「え~、フォルトも一緒にいてくれないのぉ?」


 席を外そうとするのを見て、イリスが残念そうな声を出す。俺はたとえ同席しても勉強には一切口を出さないことにしている。仕事は適材適所、他者の領域に踏み込まないのは暗黙のルールだからだ。


「すみません。勉強が終わったら、また遊びましょうね」


 それに今は食事を優先したかった。この分では空腹感がむかつきに変わるのも時間の問題だろう。


「……ぜったいに戻ってきてね」

「分かってますよ」


 笑ってうなづく。納得しきらないまでも、聞き入れてくれた幼女の様子にホッとし、部屋を後にする。

 邪魔をしないよう静かに扉を閉めると、寒く張りつめた空気の中、すぐさまカリカリという物を書く音が聞こえてきた。


 そうして少しずつ遠退とおのくその音を耳にしながら階段を下りていったのだった。

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