第31話 きよしこのよる

「ドロシー! むりよ!」

「わたくしが十年若ければ、ゆずらぬものを」


 エルウィンが、わたしたちの前で一礼した。


「ドロシー、お話のところ失礼いたします。ジャニスを誘っても?」

「もちろんでございます」


 ドロシーをにらんだが、にっこり笑顔で返された。しぶしぶ、エルウィンの差しだした手を取る。


「あの、ダンスは踊ったことがなくて」

「簡単だ。僕が教えよう」


 エルウィンに手を取られ、中央へ進んだ。周囲がさっと場所を空ける。向きあってエルウィンが礼をするので、わたしもあわてて一礼した。


 慣れた仕草でエルウィンは両手をダンスの形にひらく。その姿を見て、彼と踊るのだという現実が襲ってきた。


 生演奏がホールに鳴り響くなかでも、胸の鼓動がはっきりと聞こえる。もはや彼の手をさわりたくないと思うほど胸が締めつけられた。気づかれないほどの一瞬の間で、わたしはひどく長く躊躇ちゅうちょし、彼と手を合わせ体を寄せる。


 ふみだした第一歩で、彼の足をふんだ。


「ごめんなさい!」

「気にしない気にしない。大事なのは笑顔。そして楽しんで」


 彼の動きにあわせていると、次第にスムーズになってきた。大きなツリーのまわりを踊りながらまわっていく。ほかの組も同じ方向で、まわりはじめた。


 ツリーを中心にして、緩やかな人の渦ができていく。なんだか回転木馬に乗っているような気分で、楽しくなってきた。


「城主であろうと、花は独占すべきでは、ありません」


 そう冗談を言ってきたのは、庭師長のスタンリー。ダンスはパートナーをたびたび交代するらしい。わたしは庭師長と踊り、そのあとにボブとも踊った。


 やがて音楽が一段落すると、ダンスも休憩のようだった。モリーを探してみる。モリーは、エルウィンと踊っていたようだ。モリーを連れて、ワゴンの料理をわたり歩いてみる。


 オードブルも、ローストビーフも美味しい。なかでも、モリーとドロシーの合作「七色のババロア」は絶品だった。


 巨大でカラフルなババロアは注目の的。まわりを囲む人たちと、一口ずつ食べてみる。イチゴにオレンジ、ブルーベリー。白色は意外、バナナなのね。紫はなんだろうと思ったら、サボテンの実だと、となりの婦人が教えてくれた。


 その場にいた人たちと、考えることは同じ。


「一度に食べたら、どんな味?」


 答えは、なんとも言えない味! 一度に口に入れるのは、二種類ほどが正解だと、まわりの人と笑いあった。


 もはや、主催者気取りのモリーは、あちこちのグループに入っていく。大勢のパーティーではあるが、ある意味、参加者はすべて身内のようなもの。それほどモリーを気にかける必要もなく、気ままに食事をし、誘われればダンスを踊る。


 少し、若いころの気分を思いだしていた。ダンスパーティーなんてないけど、友達となにも考えず、夜通し遊んだものだった。


 そして、何度目かの演奏だった。エルウィンと踊っていると、彼がわたしの肩をたたき、会場の隅を指した。ベンチにはモリーと、庭師長の息子ジェームスがすわっている。モリーはジェームスに寄りかかって、すっかり寝てしまっていた。


 わたしはかけ寄って、小声でジェームスに「ありがとう」と言った。少年は照れくさそうに笑い、スキップでかけていく。そのうしろ姿を見て、やや年上になるがモリーの相手にありだな、なんて勝手に考えた。


 みんなの邪魔をしないように部屋にもどろう。モリーをそっと抱っこして、立ちあがる。


 いつの間にか、曲が変わっていた。静かな歌声も聞こえてくる。なんの歌だろう。


 それは「きよしこの夜」だった。


 ひょっとして? と思い、ふり返る。みんなが、こっちをむいて口ずさんでいた。


「ありがとう」


 わたしは小声で言い、腕にモリーを抱えホールをあとにした。



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