第12話 エルウィンの正体
わたしがいたのは四階だと思っていたが、二階だった。
ころげるように階段を一階まで降りた。廊下を見まわす。玄関がわからなかったが、とりあえず走った。
勝手口のような戸がある。出てみると建物の裏。誰かが
「モリー!」
さけびながら走った。池の近くまで走るとスケートをしているモリーがいた。わたしに気づいてすべってくる。まわりの人も近づいてきた。
「モリー、うしろに隠れて!」
モリーは意味がわからないようだ。わたしがモリーの前に立つ。寄ってくる人に斧をむけた。
「ジャニス」
エルウィンも近寄ってきたので、もう片方の
「こないで」
彼が、近づくのをやめた。
「斧をおろせ、おばさん」
がちゃり、という音。さきほどの運転手だ。手には猟銃のような物を持っている。
「ボブ、銃を、おろしてくれ」
エルウィンが静かに言った。
「こいつは盗人だ。屋根裏で、金目の物を物色してやがった」
「ボブ、なにか混乱が起きている。それに、そこから打てば子供にも当たるぞ」
運転手が娘を見た瞬間、わたしとの直線上にエルウィンが素早く割り込んだ。この城のあるじに銃口はむけられず、銃はおろされた。次に、ふりかえって、わたしを見る。
「ジャニス。きみも、なにか誤解がある」
「いいえ、屋根裏部屋で絵を見たわ!」
「絵?」
「何百年も前の絵なのに、あれは絶対に、あなたよ!」
「たしかに僕の絵だ」
おどろいた。あっさり認めた。
「あなたいったい、何歳なの!」
「今年で三十六になった」
「嘘よ!」
「僕を、なにと思っているんだい?」
「だれだって知ってる。ドラキュラでしょ!」
ぷっ! とだれかが笑う声が聞こえた。「なるほど」という声は、おそらく執事。
「ジャニス、この太陽のしたでドラキュラ伯爵というのも奇妙だが、そうだとしてもだ。なにか、きみに危害を加えただろうか?」
それは、たしかにそうだった。
「ここは寒い。ひとまず中に入って、温かいミルクでも飲もう」
エルウィンの言葉に、まわりの人たちは「やれやれ」といった感じで引きあげていく。執事のグリフレットが、わたしの前に立った。
「ジャニス様、こちらへ」
執事はそう言うと、わざとらしく「ごほっごほっ」と咳き込んだ。
「老人と子供は、すぐに風邪を引いてしまいます。行きましょう」
わたしはモリーを見た。ぎゅっと、わたしの足につかまっている。あたまは混乱したままだったが、お城にもどることにした。
案内されたのは、使用人の食堂のようだ。壁や天井は、ごつごつした石造りのむきだしだった。
大きくて素朴な木のテーブルが、いくつもならんでいる。お城の豪華さにくらべ、質素ですこし、ほっとする自分がいた。
部屋のおくには大きな調理場もある。メイド長がいて、わたしにかけ寄ろうとしたのを執事が制した。
「ミルクとクッキーを」
メイド長はうなずき、調理場に引きかえしていく。しばらくすると、湯気の立つコップと一皿のクッキーがでてきた。
「ミランダ、ご息女をお願いできますか?」
メイド長はモリーを連れて、おくのテーブルに移動する。わたしは、だされたミルクをひとくち飲んだ。執事が見つめてくる。
「すこし、落ちつかれましたか?」
たしかに、ちょっと落ちついた。
「わけが、わからなくて」
執事が大きくうなずく。
「それはそうです。突然に、ここに連れてこられたのですから」
それは、あなたのせいでしょ! と言いたいのをこらえ、とりあえずうなずく。
「色々と説明するつもりだったのですが、あなた様が気を失ってしまったので」
すこし考え込んだ執事は、なにかひらめいたようで再び口をひらいた。
「ここまでの経緯で、わかりそうなものですが。実際に、見ていただいたほうが早いのかもしれません」
執事に連れられ案内されたのは、玄関をでてすぐの階段だった。
「お気づきに、なりませんか?」
わたしは首をひねった。
「では、少々お待ちを」
待っていると若いメイドが来た。手にはアタッシュケースを持っている。
よく宝石の運搬などで見る、鍵つきのジュラルミンケースだ。執事はメイドからアタッシュケースを受けとると、階段を降りはじめた。
「あの」
わたしの言葉は無視して、執事は階段の真ん中までおりる。
そしてアタッシュケースを下に置いた。ダイヤルをまわし、がちゃっと鍵がひらく。
わたしからは見えない。近づこうしたら、執事が白手袋をはめだしたので思わず止まった。そんなに高価な物なの?
アタッシュケースから、ゆっくりと持ちあげたのは靴だ。女性用、片方の一足。透明だ。ガラス?
「あっ!」と叫びそうになって、口を押さえた。
執事は、そっとそれを階段の上に置いた。
恐る恐る近づいてみる。その靴は、いま脱ぎ捨てられたかのように光っていた。わたしは思わず階段の下まで走り、お城を見あげる。
白亜の城。お城へのぼる階段。落ちたガラスの靴。
まさか、いやいや、まさかまさか!
わたしは執事を見た。
「そんなまさか! と、いま思われました?」
なにか言おうとしたが、言葉が見つからず、口をぱくぱくした。
執事は靴をアタッシュケースにもどすと、まだ待っていた若いメイドに手渡した。若いメイドは、わたしを見てにっこりと笑う。
「大丈夫ですよ。あたしも一五の時、母に連れられてきて同じ反応をしました」
わたしはまだ口をぱくぱくしている。ぜんぜん、ぜんぜん大丈夫じゃない!
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