席替えから始まる物語

結佳

席替えから始まる物語

高校に入って初めての夏休みも終わり、休み明け初日の登校日。

休みに入る前に担任の藤ヶ丘先生が宣言していた通り、席替えから始まった。

俺こと、田野崎健吾は一番窓際の、前から3列目を引いた。

涼しいから、ラッキーな席ではある。

いつもつるんでいる筒井は廊下側の前方で、名前順に座っていた時より遠くなったのは少し残念だ。

隣の席は、地味で大人しい女の子になった。肩まで伸ばした癖のない髪が揺れている。

(名字もなんだったっけ…?)

まあいい。あんまり話はしないだろう。朝も休み時間も小説を読んでいる印象しかない。


席替えしてから二週間後の四時限目。

先週やった現国の小テストが返された。

お前の点数が一番悪い!と小林先生に名指しで怒られる。

「夏休み何してたんだ!」

「家のラーメン屋手伝ってました!」

「お前クラスで最低点だらからな!隣のコデマリ見習え!最高得点だぞ」

「え、まじで!?」

一気に隣の席の子に注目が集まる。

恥ずかしいのか、俯いて小さくなった。

「とにかく、正解調べて再提出しろ。あまりにもひどい。今日中だ」

まあ、筒井に見せてもらえば良いか。俺はその時、軽い気持ちで考えていた。



昼休み。

購買でお気に入りのみかんジュースとウーロン茶を買って、筒井の席の隣にで弁当を広げる。店で余ったチャーシューが乗った白米を食べながら、筒井に欲しい、というと突っぱねられた。

「お前の為にならん」

「そこをなんとか!このみかんジュースを差し上げます!」

「嫌いだからいい」

「まじかよー」

「ほら、さっさと席戻ってやれよ。時間ないぞ」

そう言われて自分の席に戻る。教科書を見ながら問題を解こうとしても思うように行かない。教科書に載っている漢字を探すのも一苦労だ。

昼休みの時間は残り少ししかない。隣の席に、女子で集まって弁当を食べていたコデマリさんが戻って来た。

もうこれしかない。

「コデマリさん!お願いがあるんだけど、小テスト見せてくれない…?」

「え?でも・・・」

「頼む!代わりにこのみかんジュースを献上します!」

「みかんジュース?」

「ほら、購買の皆大好きなやつ!」

きょとん、とした顔をされる。

購買使った事無いのかと聞くと、うん、と頷かれた。

(押し切れば行けるかもしれない)

「これ凄く美味しくて、人気ナンバーワンの100%みかんジュースなんだよね。コデマリさん、みかん嫌い?」

「好きだけど・・・」

「お願いします」

両手で拝むように頼み込んで、みかんジュースとテスト用紙を交換する。筒井の呆れた顔が見えるが、なりふり構ってなんかいられない。

あの先生はできなかったら居残りさせようとするんだろう。

冗談じゃ無い。俺は家の手伝いしなきゃなんないんだ。



五時限目の生物の授業中、先生にバレないように書き写す。

綺麗、というより丸っこくてはっきりした見やすい字だった。

(コデマリって小手毬って書くのか。下の名前、佐々良って何て読むんだ?)

返す前に、下の空欄に『見せてくれてありがとう。みかんジュース美味しかったでしょ?』と書き添えてみる。きっと彼女からしたら汚い字だろうが、感謝を伝えるのは大事だ。

授業中にそっと返すと、小手毬さんは何か自分のに書かれた事に気付いていたらしい。その空欄をじっと見て、こっちを見る。うん、と強くうなずいて、その下に何かを書いてる。なんだ?と思ってみていたら、『美味しかった、ありがとう』という言葉が。

こっちを見ないで紙だけ見せてるけど、その言葉の隣に笑顔な絵文字を真似て書いてる。

(真面目な子だなあ)

ありがとうって、こっちの言葉だって。吹き出しそうなのを堪える。



翌日。

数学の授業で、隣の席同士で採点する事になった。

朝の挨拶すらしないけど、文字だったら反応してくれるんじゃないか?そう思って、自分のノートの端に『みかんジュース口にあって良かった。同じメーカーのぶどうジュースも美味しいよ』と書いて見せてみる。

採点の中で、ちらっとそこに目線がいくのを感じた。すぐ近くに、『そうなんだ!気になるから飲んでみる!』と丸っこい字が流れるように綴られた。

真面目な子だよな、と改めて思う。



その日のお昼。

筒井の隣でお馴染みのチャーシュー丼をかっこんでいると、斜め向こうにぶどうジュースを飲んでいる小手毬さんが見えた。

「あんたが購買行きたがるなんて珍しいね」

「それ美味しいよね」

「うん、凄く美味しい!もっと早く知っておけば良かったな」

(あ、今笑った)

小手毬さんは、実は小顔で目がくりっとした可愛いタイプの顔をしていた。いつも少し俯きがちだから知らなかった。



すっかり窓際の席に慣れ、小手毬さんにおはよう、の挨拶ができるようになった頃の朝。俺はある重大なミスを犯した事に気付いた。

「やっべええええ!昨日の宿題やり忘れた!」

ホントはちゃんとやろうとしていたんだ。家のラーメン屋が忙しくなって、洗い物や店じまいやら手伝って、疲れて飯食ってスポーツ番組見て風呂入って寝て忘れた。

しかも、今日当てるからな、と言われている英語だ。問題用紙に穴埋め式で、これも教科書を見ながら答えを探して書くタイプ。

確かに、教科書を見ながらやればなんとかなるが、数学は二時限目だ。間に合わない。

筒井をちらっとみると、お前もかブルータス状態。一生懸命教科書を開いて作業している。

図書室から借りたらしい本を読んでいる小手毬さんに、恥を忍んで声を掛ける。

「…あのさ、数学の宿題やってきた?」

「うん、今日当てるって先生言ってたよね。・・・もしかして?」

「家の手伝いしててやりそびれた!お願いします!お昼にパン販売のたまごサンドでどう?」

「たまごサンド?」

首を傾げて、初めて聞いたらしい単語を繰り返す小手毬さん。

これはきっと押し通せるやつだ。

「知らない?めっちゃくちゃ美味しくて、すぐ売り切れちゃうやつ」

「・・・仕方ないなあ」

昼のパン販売が実は気になっていたんだろう。仕方ない、って顔じゃないよそれ。

「ごめん、ありがとう!」

プリントを借りて、書き写し始める。英語の小田は内申点に響くぞ、が口癖の先生だ。もし当てられた所ができてなかったらどうなるか恐ろしい。

学校を卒業したら地元の調理師専門学校に推薦入学を希望している俺には、とても大事なポイントだ。入試なんて心臓に悪い事、もう2度としたくない。



一時限目は板書が多い世界史の山本先生の授業だから、下を向いてひたすら文字を書いていてもバレないのが有難い。

なんとか書き写して、休み時間に手を合わせて返す事ができた。


二時限目。

数学の授業が始まると同時に、おが先生は突如としてプリントの回収を宣言した。

「当てるって言ってましたが、プリント回収しまーす。はい、後ろから回して回してー」

確かに、プリントに書かせるって時点でおかしいとは思ってた!という反応が各所で起きる。

よかったぁ。見せてもらえて。有り難う神様。小手毬サマ。

騒ぎの中で、小手毬さんに横から感謝の意を伝えるジェスチャーをすると、『良かったね』という口パクと笑顔。

小手毬さんは笑うとすごく可愛い、と最近思い始めた俺には少し心臓に悪かった。



四時限目の終わりを告げるチャイムと共に、教室からダッシュで出る。

こらー!廊下を走るな!と声が遠くから聞こえた瞬間だけ競歩。なんとしてでも、たまごサンドをゲットしなければならない。



「はい!助かりました!」

女子たちとお昼を食べようとしていた小手毬さんに、頭を下げて、たまごサンドを差し上げる。

「うわ、まじか。すぐ売り切れるやつじゃん!」

「あたしも初めて見た!」

小手毬さんの隣の女子2人も初めて見たらしく、びっくりしている。

「これがそうなんだ」

小手毬さんは、丸い目で珍しげにたまごサンドを見つめていた。

ちなみに、二切れ入り。

「ゆいちゃん、半分食べる?」

「え、いいの?わぁ、有難う」

そんな会話を聞きながら、自分の席で自分用に買ったコロッケパンを食べる。

俺に半分くれるんじゃないか、とちょっと期待していたなんて、絶対言えない。



窓際が涼しいを通り越して若干寒くなってきた頃。

先生が朝のHRで突然言った。

「席替えするぞー。中間試験前のシャッフルな。特に後ろの席の奴ら、最近真面目に話し聞いてないって先生達から怒られてんぞ」

後ろ1列、男女でつるんで目立つ事の多いグループだ。授業中、確かに後ろからクスクス楽しそうにしゃべってる声が聞こえていたような気もする。


席替えか。思ったより早かったな。

(小手毬さんの隣じゃなくなるのか)

消しゴムを貸して貰ったり、お返しにシャーペンの芯を返したり。

小手毬さんが家で予習してて教科書忘れた、と青くなってる時は一緒に俺の教科書で授業を受けた。

朝の挨拶も、すっかりお馴染みになったし、授業中にノートの端っこで会話もするようになった。


席替えした時は思っても居なかった距離感だ。



二時限目後の休み時間中、席替えの事を考えながら校舎の端っこにある自販機置き場に行ったのは、本当にたまたまだった。

「あれ、田野崎君だ」

「小手毬さんも自販機使う事あるんだね」

いつも持参した水筒で何か飲んでる印象だった。

今日は水筒忘れちゃったんだ。そう笑うその顔の高さが、意外に低い事も今知った。

(いつも席に座ってるから身長差気づかなかった)

俺を見上げ気味な顔が新鮮で、ちょっと息がしにくい。

「あ、それ私も好きだよ。美味しいよね」

俺の持っているジュースを指さしてくる。

オレンジ味の強炭酸。小手毬さんは柑橘類が好きなのかもしれない。

不意の単語に心臓がどきっとしたのは勘違いじゃない。

「変に甘ったるくなくて、さっぱりして美味しいよね。ちょうど良いや、これあげるよ」

未開封のそれを、小手毬さんに差し出す。小手毬さんの目が丸くなった。

思えばこんな風にしゃべったのも、きっとこれが初めてだ。

体の中で心臓がうるさいくらい鳴っている。

「え?いいよ、私自分で買うよ」

「いや、なんていうか、席替えするじゃん?餞別っていうか、小手毬さんに世話になったし。なんていうか、寂しいからさ」

笑いかけると、ありがとう。とジュースを受け取る小手毬さん。

少し、指先が触れた。

俺のがざかざした手なんかと違って、柔らかな指先だった。どきっとする。

(もし、うちのラーメンを小手毬さんが食べたらどんな顔をするんだろう。今やってる感動モノの映画を見たら、どんな顔して泣くんだろう)

小手毬さんの事を、もっと知りたい。

「ちなみに、小手毬さんは何買おうとしてたの?」

「ミルク強めのカフェラテ」

「あー、これ美味しいよね。俺もめっちゃ好き」

じゃあそれにしよう。お金を入れて、ボタンを押す。


「私も席替え寂しいな」


がしゃん。

飲み物が出口に落ちた音と小手毬さんの声は重なっていた。

「・・・え?」

「あ、ううん。なんでもない。先戻ってるね」

きっと小手毬さんは聞こえてないと思ったんだ。スカートを翻して教室に戻っていく。

寂しい、と思ってくれているのが、顔が熱くなるくらいに嬉しかった。



帰りのHRでクジをひく。

問題児と見られているやつらは、先生の監視下におけるよう、前方に固められた。

俺は前のように後ろの方が良い、とも友達の近くが良いとも、思えなくなっていた。

(で、欲が無い時のくじ運は良くなる、とはこのことか)

前回の席替えの時、望んでいた廊下側の一番後ろの角席。今回は筒井との位置もそう遠くはない。

黒板に席表が書かれていく。今回、廊下側から女男女・・・と続いていた席列は、男女男・・・と交代になった。

小手毬さんは、俺の席に一個ずれる形になった。

「私全然変わんないや」

笑う顔に、ホントだね、と笑い返すのが精一杯だった。

自覚した感情に心臓がいたい。どきどきする。

本当は、朝の挨拶ができるくらいの距離が良かった。けれど、今回の席替えでは教室の端と端くらいに離れている。

「じゃあ、席ずらして明日の朝からこの席なー」

先生の言葉に、席を動かす。

筒井と目配せあって、近くなった事を喜んだ。左隣の女子は小手毬さんと仲良くしていた内の一人な気もする。

俺が座っていた窓際の席で、姿勢良く座っている小手毬さんの背中が遠く見えた。

その背中に、今まで考えては止めた、ある事を実行する事を決めた。



放課後。

図書室に入って、誰もいない端っこの席で、小さなメモ用紙に向かう。緊張で震えそうな手でなるべく、丁寧に文字を書く。

そして、この学校に入って初めて本を借りる。貸し出しカードの一番新しい部分に、俺の名前が書かれる。小手毬さんがいつだったか、読んでいた小説の本だった。

教室に行くと、さすがにみんな帰っているか部活に行っているかで、もう誰も残っていなかった。

誰にも見られないように気をつけながら、小手毬さんの机にそっとその本を入れる。メモはちょっと、はみ出るようにしている。

もし、誰か小手毬さんの机の中を見たとしても、あの子の呼んでた小説か、くらいにしか思わないはずだ。

(小手毬さんが見たら、この本はなんだろう?となってメモを見てくれるはず)

そう願うばかり。

もし、メモに気付かれなかったとしても図書室の本だということはすぐ分かるだろう。それで、俺の名前を見て間違って入ってるよ、くらいのやりとりはあるかもしれない。

(そうなった時は、そうなった時だ)



翌朝。

なんとか朝食を飲み込んで、自転車に乗る。家から学校まではそう遠くない。自転車をこぎながら、頭の中では色んな妄想が浮かんでは消えた。

正直、昨日は店の手伝いも身が入らなくて風邪かと心配されたくらいだ。


学校まで、あと10分くらいの距離まで来た。

きっと、今頃小手毬さんは学校に着いた頃だろう。


『席替えしても話がしたいです』


その言葉と共に、メッセンジャーアプリのIDと念の為、電話番号を書いた。あのメモ。


(気付いてくれてるかな。気付いてくれてると良いな。なんだコレ、と思われてなければ良い…)


様々な感情が沸き起こる中、自転車をこぎ続ける。

心拍数が上がっているのはきっと、自転車をこいでるから、だけじゃない。




スマホの通知欄に、新着メッセージの文字を見るのは、ほんの少し未来の話。

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席替えから始まる物語 結佳 @yuka0515

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