第60話 焦がれて
駆け足気味に図書室へと急ぐ。放課後の用事に、予想外に時間を取られた。教科係はテスト終わりが面倒だ。
ようやく目的の階にたどり着いて、俺は足を緩めた。考えてみれば、ここまで急ぐ必要があるのか。遅刻なんて、こちらにとってはいつものこと。
図書室に行くと、斎川が必ず先に勉強を始めている。そして、遅れた俺に気が付いてちょっとした皮肉を浴びせてくる。始まりの儀式みたいなもの。
ピタリと閉じた扉を開けて、するりと中に入り込む。久しぶりの図書室は、やはり身が引き締まる思いがした。
入り口そばのカウンターにいるのは見知らぬ男子生徒。俯いて、何かをじっと眺めているようだ。その横をそそくさと通過する。
最後に来たときより、室内はかなりガラガラだ。俺としてはこの状態の方がよく馴染みがある。だんだんと、謎の緊張感も薄れてきた。
書架コーナーを抜けて閲覧スペースへ。視界に入った瞬間に、俺はすぐに異変に気付いた。
(…………どういうことだ)
一番奥の窓際、それがあいつの特等席。薄いカーテン越しに入り込む日光が、淡い照明となって存在感を色濃いものとする。
でも、その席は空っぽだった。西日は虚しく降り注いでいるだけ。
釈然としないままに、俺は辺りを見回してみる。数人しかいない利用者は、どれもあいつのシルエットとは違う。
遅れているだけだろうか。向こうもまた、放課後何かしらの用事があった。
それとなく納得して、一つ席を空けて腰を下ろす。待ち人がいつ来てもいいように。
荷物を整理しながらスマホを確認したが、特にメッセージは来ていない。もっとも、俺だって遅刻について連絡してないんだからお互い様だな。
とりあえず明日までの課題を出してみたものの、いまいちやる気は起きない。テストが終わったばかりでゆっくりしたい、というのが本音。
(本でも読むか)
図書室とはそもそもそういう場所だ。まあ、離れたところに座るほかの利用者はどうやら勉強している様子だが。
ゆっくりと腰を上げて書架コーナーへと戻る。立ち並ぶ本棚の中を、あてもなくふらつく。何か、俺でも楽しめるものがあればいいが。
「……あら、ライジンくん?」
放浪の最中、後ろから聞き覚えのある声がした。ちょっとだけ驚きつつも、すぐに振り返る。
そこにいたのは、ちょこんとした背丈の女子生徒。顔のつくりは、高校生には思えないぐらいに幼い感じ。
「屋敷先輩。どうもお久しぶりです」
「ええ、ほんとうに。本をお探しかしら?」
「まあそんなとこっす」
なんとなく視線を近くの本棚に向ける。だが、テキトーに歩きすぎたか。周りにあるのは理系向けの本ばかり。
ここで会ったのも何かの縁。この人の力を借りた方がいいかもしれない。図書委員長とあれば、それなりに本に詳しいはず。
だが、その前にひとつ確認を。
「斎川って、来てないですか?」
「ルミルミちゃん? ううん、見てないけど。今日は一緒じゃないんですね。喧嘩でもしましたか」
「いや、そんなんじゃ……」
「うふふ、ごめんなさい。ちょっとからかいが過ぎましたね。それで、何の本を探しているんですか? お手伝いしますよ!」
ぐっと背筋を伸ばして、張り切りだす図書委員長。先ほどまでの、ちょっと悪戯っぽい雰囲気はどこにもない。
気圧されつつも、俺は何かを探しているわけじゃないと伝えた。むしろ、読むためのものを探している。
「そうなんですね。よければ、私のオススメを紹介しますけど」
「あ、はい。じゃあお願いします」
そのまま委員長に続いて、図書室を巡る。いつも閲覧スペースしか使わないから、いろいろと目新しかった。
選び出した本を持って、再び待ち合わせ場所へと向かう。
やはり、そこに斎川の姿はなし。仕方なく、俺は持ってきた本を読み始めることにした。
※
結局、1時間ほどしても奴は現れなかった。もちろん連絡もなし。もしかしたら、『いつもの場所』が違ったのかもしれない。
今日のところは帰るとするか。ちょうど、小説にもひと区切りついたところだし。
しかし、さすが図書委員長のオススメ。短編形式で読みやすく、今のところすべての話が面白い。
ということで、そのまま借りていくことにした。
当然、図書の借り出しは初めて。散々当番の男子生徒に迷惑をかけながら、何とか手続きを終えて図書室を後にする。
そそくさと部活動で騒がしい別棟を抜け出して玄関へ。
「……つながらないか」
校舎を出てから、斎川に電話をかけてみた。応答はなしおろか、そもそも電源すら入ってないらしい。一方的なアナウンスをかすかに聞きながらスマホを睨む。
『どうした?』
仕方がないので、ショートメッセージを送っておいた。すぐには気づかないだろうが、今できる最善。
しかし、ここまでくると相手に何かあったのではないか、とやや心配になる。落ち着かない心地で、しばらくぶりにひとりで下校の道を急ぐ。
信号で足止めを食らう度、気持ちが勝手に逸っていく。手持無沙汰で、ついスマホを見る回数が増える。
なぜこんなにもあいつのことを気になって仕方がないのか。どうかしている――得体のしれない感情がもどかしい。
おぼつかない足取りのまま、なんとか自宅のマンション前までたどり着いた。いつもより、道のりが長く感じたのは気のせいか。
家に帰ったら少しのんびりしよう。そんなことを思いつつ、力強くエントランスの扉を開く。
「さいかわ……?」
そこにいたのは、約束を交わしたはずのクラスメイト。壁に背を付けて、しおらしく佇んでいた。
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