第31話 望外な結果
授業終わりの休み時間、次に備えていると隣の女子が話しかけてきた。
「小テの結果どうだった、國木?」
東の顔はどこか得意げだ。どうやらよかったらしい。
こいつとは今年から同じクラスだが、早くも成績が同程度なのが判明している。そのため、事あるごとに向こうからこんな風に突っかかってくるわけだ。
これまでのところ、勝敗はほぼ引き分け。もちろん、いちいち記録をつけているわけじゃないので体感だ。
しかし、今回に関しては俺もまた自信がある。というか、今までの例に則るのなら、上振れを考慮しても確実に勝っているはずだ。
相手が答案を見せつけてくる前に、俺は机の中から自分のを取り出した。
「ほれ」
「…………げっ、負けた。しかもけっこー大差!」
めちゃくちゃ渋い声を出して、一気に顔を歪める東。その右手が忙しなく動くのが見えた。きっと自分の小テストを隠したんだろう。
となると、追及したくなるというのが人情というもの。
「素直に負けを認めるのは潔いと思うが、ちゃんと見せてもらわないと困るなぁ」
「ぐぬぬ……國木のくせに調子に乗りよって。こんなのまぐれでしょうに!」
「なんとでもいえ。さ、見せてみ? 大差ってことはおおよそ想像がつくがな」
なおも東は往生際が悪い。一向に、小テストの結果を見せてくれようとはしない。よほど今回負けたのが悔しかったのかもしれない。
一進一退の攻防を繰り広げていると、割り込んでくる奴が一人。
「盛り上がってんねぇ、因縁のライバル対決って感じか。どれどれ――おおっ、8割か。やったなライジン、自己べ更新じゃんか」
「……まあそうだけど、なんでお前が知ってんだよ」
「イメージ5、6割だろ、いつも」
見事に正解だったので、沈黙で返すことに。1年の初めのころはまだしも、夏休み前あたりからそれくらいがデフォルトだった。
つまりは、東との勝負ラインも必然そのくらいになってくるわけで。7割近く取れれば勝利はほぼ確実。たぶん、今回の東がそんなんだろう。
「あーあ。こんなに一気に点数上げちゃってさー。ホントどうなってんのよ、國木」
「最近はそれなりに勉強してっからな」
「ウッソー! どうしちゃったんのさ。あれか、心を入れ替えたってやつ」
「ま、そんなとこだ」
信じられないのか、東はまだブーブー言っている。しかし、意外とこいつ負けず嫌いだったんだな。
まったく正当性のない恨み言を聞いていると、前席の男のにやけ面が目についた。
「なんだよ。何か言いたげだな」
「べっつにー、そんなことはないさ。秘密の勉強会のことは言わないのなって」
「お前な」
あえて黙っていたというのに、余計なことを……。斎川との勉強会の話は、あんまり広めたくはない。
何が起こるかはわからないが、それがよくないことだけは確か。立場上、あいつにはあまり迷惑をかけたくないし。
「なにそれ? ……あっ、そういうこと。二人でこそこそ勉強してるってわけか。うん、想像するとちょっとアレだわ」
「アズチカさん? それはどういう意味ですかな」
「いやー、なんでもー。ただアンタたち、仲良しさんだなぁと」
たぶんに他意が籠った言い方だった。おもに『仲良しさん』という部分が。
すかさず反応したのは、丸林の方だった。むっとした表情で腕を組むと、一つ咳払いをする。
「決めた。今度の壁新聞の題材にしてやるからな。世紀の名対決、その結果は。みたいな」
「やめさないよ。アタシはともかく、國木は知名度ないんだから」
「ともかくってなんだよ、東……」
「ああ、ごめんごめん。気に障った?」
言葉とは裏腹に、その態度に申し訳なさは皆無。
どっちかっていうと、自意識過剰だなぁとひいてたんだが。まあ、一応東は女バレのエースとして名が通ってはいる……とはその腐れ縁の談。
本物の因縁の対決が始まったところで、俺は作業の手を再開する。次は4時間目。折り返しを過ぎたものの、放課後がやや待ち遠しかった。
※
ずいぶんと長い間、斎川は一枚の紙を見つめている。あまりにも周囲が静かすぎて、余計に緊張してしまう。
何か重大な問題があったのだろうか。そりゃ、向こうからしてみれば大した点数ではないだろうけど。
そんな心配とは裏腹に、顔を上げた斎川はとても穏やかな表情をしていた。
「うん、とってもいい感じ。教えたかいがあるというもの」
「本当に感謝してるよ、斎川には。小テストとはいえ、こんな点数久しぶりだから」
「そうなの? まあ順位表とかで見たことないからそんなもんか」
彼女はどこか拍子抜けしたように呟いた。
順位表か、そんなもの俺にはとても縁遠いものだ。お迎えテストですら、そんなに成績は良くなかった。
「ああいうのちゃんとチェックしてるのか。少し意外だな」
「情報収集は怠らずに、よ。どこぞの誰かさんのお友達ほどじゃないけど」
たっぷりと含みを持たせた言い方。優等生ごっこしてるだけあって、周りには人一倍気を遣っているということか。
その割には、俺にバレた経緯は少しどうかと思うけど。
少し前のことを思い出していると、斎川は再び俺の答案を眺めていた。やや苦い表情がちらりと見える。
「でもちらほらと見逃せないケアレスミスがあるわね。これは鍛えなおさないとだわ」
「へいへい、斎川教官の仰せのままに」
「ふふっ、いい根性してるわね」
それ以上軽口を叩くのも恐ろしくて、俺はそそくさと勉強の準備を始めた。
やや遅れて、隣からも物音が聞こえ始める。図書館が開館して数分、いつもより遅い勉強会の始まり。
「ところでさ、明日って何か用事あったりする?」
「……それってまたどっかで勉強しようって話か?」
恙なく進むさなか、唐突に斎川が口を開いた。
手を止めて応じるが、彼女の方は顔を下に向けたまま。作業をやめる気配もない。
「ずいぶんやる気じゃない。昨日はサボったくせに」
「まだ根に持ってんのか」
「まさか。そもそも初めからどうとも思ってないし」
わざわざ電話してきたのはどこの誰だったか。何とも言えない気分になりながらも、俺は視線を自分のノートへと戻した。
きっと大したことのない話だ。向こうはいまだにこちらを見向きもしない。
「ご褒美、の話。覚えてないんだったらいいけどね」
「……そんなこと言ってたな。とりあえずは、あの点数でお気に召したってことか」
「うん。最初のころと比べると、大きな進歩ね」
その言葉はどこまでも素直に聞こえた。
誉められると、つい恥ずかしくなる。わずかに熱を帯びる身体、それをごまかすようにより顔をノートに近づける。
「どっか遊びに行こっか」
どこまでも何気ない一言。思わず見た彼女の横顔は、ほんのわずかに赤くなっていた。
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