第29話 追求と探求と
適度に表現をぼやかしつつ、俺は日曜日に起きたことを怒れる友人へと伝えた。当然、そのきっかけとなったできごとまで。
「なるほどねぇ、つまりは俺のおかげでもあるってわけかい。感謝しろよ、有益な避難場所を教えてやったこと」
「おかげって……元凶の間違いだろうに。ちょっと偉そうにしすぎだぞ」
話を聞き終えた丸林はどこか得意げだった。俺の勉強机の椅子で、ふんぞり返って腕を組んでやがる。
この部屋の主はいったい誰なんだか。こちらはカーペットの上に直接座っているというのに。
「しっかし、残念なことをしたな~。本当は、少し冷やかしに行こうかとも思ってたんだぜ」
「来なくて結構。なんだ、冷やかしって。図書館は神聖な場所だ」
「はっはっは。ま、原稿まるで終わらなくて日曜も学校に籠ってたんだけどな」
豪快に笑う新聞部員。ひとしきり笑い終えると、奴は少しだけげんなりした顔になった。その時のことを思い出したのかもしれない。
こいつが締め切りギリギリになるのは、珍しいことじゃない。修羅場を迎えるのは、もはやマンスリーミッションみたいなもんだ。
友人として、そろそろ本気で心配になってくるレベルだ。計画性というものは、この男にはないのだろうか。
「でもよ、声かけてくれたっていいじゃんか。俺とお前の仲だろ、ライジン?」
「一瞬で矛盾するな。お前、忙しかったんだろ」
「それはそうなんだが、ルミナ様が来るって知ってたら、なんとかしたさ!」
その自信の源はいったい……。昨日といい、斎川関連になるとどうしてこう変なバイタリティを発揮するんだか。
なんにせよ、あの日はどうしようもなかったわけだが。斎川の方が、他に誰も呼んで欲しくなさそうだった。
それを考えると、やはり昨日のことが引っかかる。あいつもよく、丸林が来ることに納得したもんだ。
「にしても、斎川瑠美奈にすら興味ないと思ってたんだけどなぁ、ライジン。ここまでたっぷり抜け駆けしてくれちゃってさ」
「抜け駆けってな。別に俺はそういうつもりじゃない」
「そういうってどんなだ? ちなみに俺は、取材対象として興味があるだけさ。彼女には、みんなが注目してる」
「説得力ないぞ、お前。斎川を前にすると、めちゃくちゃぎこちなくなるくせに」
俺の指摘に、丸林はバツが悪そうに顔を歪めた。こいつが怯むのは珍しい。それだけ、自分でも自覚があるんだろう。
ホント酷いものだった。普段からの大仰な呼び方。あれはある種の強がりだったのか。結局、屋敷先輩が来たとき以外はこいつの終始大人しかった。
それでよく『俺も勉強会に混ぜてくれ』なんて言ってきたもんだ。知られざる素顔を~、とか、いつも違う姿を見せたのはどっちだって話。
「い、いや、それはだなぁ……なんか、つい緊張しちゃうんだよな、あれだけの美人を前にすると。いや、気さくで誰にでも優しいとは知ってるんだが」
「新聞部のエースが聞いて呆れるぜ、まったく」
「ふん、それに関しては今後挽回するとして」
ずっと弱った表情だった丸林だが、突然ニヤリと笑い出す。
嫌なものを感じて、俺はやや背筋を伸ばした。眉間に皺を寄せて、奴の出方を待つことに。
「で、どういう風の吹き回しなわけさ。お前、そんな勉強頑張るようなキャラじゃないだろ。そんなに女神様のことがお気に入りなのか?」
軽い言い方だったが、その目は意外と真剣だ。少なくとも、取材対象に見せる好奇なものではないことは確か。
答えられなくて黙り込む。したくないではなくできない。依然として、斎川のことが気になる理由はぐちゃぐちゃしたままだ。
けれど、一つだけはっきりしていることがある。それは、彼女がなんとなく周りの連中とは違うように見えるから。
それは、あの素顔を知らなかったら決して思わなかったこと。あの日、中庭を訪れなければ、俺と斎川の道が交わることはなかった。
部屋の中が静真理帰ると、外の音がかすかに聞こえてくる。主にリビングからの物音。時刻を確認すると、夕飯の時間は近い。
やがて、どこか諦めたように丸林は唇を緩めた。どこか真剣だった雰囲気が一気に緩和する。
「ま、なんでもいいさ。ライジンが斎川のことをどう思っていようとも、俺には関係ない話。友人としては気になるけどな」
淡々と言って、奴は席を立った。流れるように、近くにあった鞄を肩にかける。
帰るつもりだろう。そう思って、通りやすいようにその場からどいた。その間も視線を決して向こうからは外さない。
「なにか進展があれば教えてくれよ? 期待してるぜ、頼仁」
「……そうだな。友達になら話してもいいかもな」
「俺は最初からそのつもりだ。頑張れよ」
いったいなにを、その言葉は声にはならなかった。
こいつには違う景色が見えているのかもしれない。ここ数分の態度で、どうにも勘ぐってしまう……ただの軽口の可能性も強いけど。
結局、俺はそのまま丸林を見送った。ああ、今日はいろいろと頭を使いすぎた。残ったのは、圧倒的な気疲れだけだった。
※
リビングでのくつろぎの時間。どこかで電話の鳴る音がする。
ほぼ同じタイミングで、姉貴も気が付いたらしい。その顔がこちらを向いた。そして、これ見よがしに自分のスマホを見せつけてくる
「アンタんじゃないの?」
「え? ……ホントだ」
寝転がったまま、手近なクッションの隙間をまさぐる。ほどなくして、音の発信源は見つかった。
顔の前に持ってくるが、ディスプレイに表示されたのは見慣れない番号。やや身構えながら応答する。
「もしもし」
「ええと、國木君で大丈夫だよね?」
電話の向こうの声を聴いて、より一層緊張感を覚える。瞬間的に、身体が熱を帯びていく。
「あ、ああ。ちょっと待っててくれ。部屋戻るから」
「わかった」
姉貴の方を警戒しながら、俺はリビングを出た。あの女は、もうこちらには興味を失っていた。
慎重に扉を閉めてから、再びスマホを耳に当てる。さっきから心臓がうるさく鼓動して仕方がない。
「それでいったい何の用だ、斎川?」
時刻は夜の9時過ぎ。とてもじゃないがその用件には想像がつかない。なんにせよ、気軽に電話で話すような仲ではないことは確か。
ふと、今日1日のことが蘇る。それはもしかしたら、走馬灯のようなものだったのかもしれない。
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