第27話 すべては手のひらの上

「委員長! これはいいところに」


 ほどなくして、存在に気づいた丸林が顔を上げた。言葉通り、その表情はどこか喜々としている。


「なんでしょう。嫌な予感しかしないのだけれど……」

「たぶんその予感当たってると思いますよ」


 おそらく、奴の頭にあるのはろくでもないことだ。雰囲気がそう物語っている。1年ほどの付き合いだが、飽きるほどに見てきた。


「斎川さんの普段の様子が知りたいんすよ」

「どういう意味でしょう? 同じ二年生の貴方たちの方がご存じでは」

「先輩、実はあたしたち同じクラスなんです。――そうじゃなかったとしても、今のはあたしに聞くべきじゃないかな、丸林君」


 意味不明な質問をした新聞部員に、女性陣が次から次へと言葉を浴びせていく。まさにフルボッコ状態。


 しかし、丸林は少しも怯まない。むしろ余裕しゃくしゃくといったご様子。果たして、どんな悪魔的発想を閃いたのやら。


「いやいや図書室での、って話っす。『女神様の優雅な放課後~図書室編~』って記事、いいと思いません? ぜひ参考情報を」

「……あまり感心しませんね」


 図書委員長はとても渋い反応を見せる。眉間に深い皺が寄っているが、その幼い見た目とはどこまでもアンバランスだ。


 それにしても、案の定とんでもない発想だな。まあ確かに人気は出そうではある。斎川の学校外の様子なんてとても貴重な情報だ。

 というか、今のは当事者の前でしていい話じゃないだろう。あたかも秘密の顔を暴く的なタイトルなのに。


 ちらりと女神様の様子を窺ってみるが、ただ穏やかに笑っているだけだった。我関せずといった感じ。

 それがちょっとだけ恐ろしい。実際、その胸中にどんな思いが渦巻いているかは全く読み取れないわけで。


「ですが、先輩、お聞きください。記事が出た暁には図書室には、それは大勢の生徒が訪れることになるでしょう」

「確かにるみるみちゃんは、三年生の間でも有名だけれど。そんなにうまくいくものかしら」

「物事とは意外とが単純なものですぜ。さあ、ご決断を。悲願の成就はもうすぐでそこに!」


 記者じゃなくてもセールスマンとしてやっていけそうだな、こいつ。ホントうさん臭い。


 だが、意外と惹かれるところがあったらしい。屋敷先輩は顎に手を当てて、少しだけ考え込んでいる。

 そんなに集客手段を欲しているのか……。思い返すと、その話し合いをしたのは先週の金曜日。しかも、メンツは今日と同じ。


「ううん、なかなか魅力的かもしれませんね。なにごとも思い切りが大事といいますし」

「いやいや、待ってくださいよ。たとえ人が増えたとしても、目当ては斎川ですよ。それでいいんすか?」

「大丈夫! 来てさえくれればどんな手を使ってでも、読書の道へと引きずり込みます」

「悪の道、みたいな言い方だ……」


 しかも至極まじめな表情で言い張るのだから、恐ろしいことこの上ない。いったい、どんな手段を持っているんだ。

 洗脳とかか……なんとなくこの人の通り名を思い出した。座敷童、いわゆる妖怪。超常的な力を有している可能性も。


 しかし、最大の被害者がここまで黙っているのはなぜか。

 依然として笑みは絶えてはいない。裏の顔を知っている身からすると、ついその思考が気になってしまう。


「乗り気になったところで、斎川さんにまつわるエピソードを何か一つ」

「そうですねぇ。あっ! るみるみちゃんって、意外と――」

「も~、屋敷先輩ったら悪乗りしすぎですよ~。あたしの話なんかじゃ、図書室に人集められませんって」


 ようやく口を開いたかと思えば、女神様はひときわ明るい声で先輩の言葉を遮った。表面上は強い謙遜。ぎこちなく笑って、身振りのおまけつき。


 そこへ、食って掛かる丸林。ついさっきまでの緊張感は完全に消えている。我が友人ながら、よくわからない奴め。


「いやぁ、そんなことないってば、斎川さん!」

「でも、その、やっぱり恥ずかしいし。できれば、やめてもらえると嬉しいな、丸林君」

「はっ、斎川様の仰せの通りに! 委員長、今の話はなかったことに」

「貴方が言うならしかたありませんねぇ。忘れましょう」


 屋敷先輩がにこやかに話をまとめた。


 なるほど、鎮静の仕方をわかっていたからこそか。とりわけ、丸林の扱いはうまい。完全に掌の上だ。

 だけど、言い方といい、頬を赤く染めたりといい、ちょっとやりすぎだと思う。丸林、またしても壊れてしまったぞ。


 そんな結末を見届けてから、俺は再び勉強を再開した。




        ※




「全く一時はどうなることかと思ったわ。丸林のやつ、どうしようもないことを思いつくんだから」


 久々に素顔を見せる斎川。やや苦い表情で、ため息までつく。

 俺たちの正面には誰もいない。丸林は、つい先ほど席を立ったばかりだ。図書委員長が業務に戻ったのもだいぶ前の話。


「個人的には、屋敷先輩も乗り気だったのが意外だけどな」

「そう? まああの人にしてみれば、実際そこまでのデメリットがあるわけでもないしね」


 あっさり言い切ったと思うと、斎川は少しだけ笑みをこぼした。つい緩んでしまった、という感じに自然なものだった。


「けど、別に記事にされても問題はないけどね。屋敷先輩だって、内容には気を遣ってくれたと思うし」

「じゃあ放っときゃよかったのに」

「それは無理。本当に恥ずかしいから」


 少しも表情を変えずさらっと言い切られても……これは胸の奥にしまっておこう。表面的には曖昧に頷いておく。

 実際、もしかすると本当にそう思っているかもしれない。こいつにはそういう一面もある、と俺は感じている。


「そんなことより、明日の小テストは大丈夫そうかしら?」

「一応は」

「一応、じゃあこまるなぁ。あたしがせっかく教えてあげたのに……なんて、冗談よ。悪くても気にしないから」

「その辺は俺だって思うところはあるって。そんなにひどいことにはならないってか、しない」


 誓いのように、俺は強めに口にした。こんな精神論でテストができるようになれば、それで済むことはないと思うけども。

 実際のところ、自信は少しはあった。こんなに根を詰めたのは久しぶりだし、問題を解いていて確かな手ごたえは感じる。


「ふうん。それなりには期待しておくね。そうだ! もしよくできていたら、なにかご褒美でもあげましょう」


 斎川は、目を丸くしてわざとらしい声色で言い放った。


 なぜだろう。全く心が動かない。

 それはきっと、奴の表情がどこまでも意地の悪いものだったからだろう。

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