第26話 招かれざる客
学校から解放されてすぐに、俺はやや覚悟しながら斎川のもとへと向かった。ざわつく教室の中を進むのは意外と煩わしい。
苦労したかいあって、彼女はまだ帰り支度の最中だった。
「なあ、ちょっといいか」
「どしたの~、國木君」
気さくに応じてくれる斎川。表情は柔らかく、声は弾んでいる。
残念ながら、このモードのこいつに用はない。事は少し申告。かといって、周りの目がすぐに消えるはずはなく。
躊躇うままに、やや視線を左右に巡らす。同級生ちの姿は未だ健在。どうにも居心地が悪い。
「その、ここだと少し話しづらいんだけど」
「わかった。場所を変えなきゃだね」
そう言うと、斎川はすぐ後ろの席の方を見た。その席の主は視線に気づいて顔を上げる。中垣なかがきというちょっと見た目が派手な女子だ。
「ごめん、あたし少し國木君とお話ししてくるね」
「りょーかーい。代わりに机下げとこっか?」
「ありがとう、助かる! じゃあ行こう、國木君」
「ごゆっくり〜」
むず痒さを覚えつつ、斎川について廊下へと出る。中垣がだいぶ意味ありげにこちらを見ていた気がしたが、何事もないと思いたい。
教室の外もまた活気が溢れている、結局、手頃な場所が見つからずに結局、水飲み場のあたりまで来た。
廊下を背のする形で、俺は斎川と対峙する。
帰りのチャイムが鳴ったばかりで、人の姿は皆無。ここなら気兼ねなく話せるはず……お互いに。
「それで用件は何かな」
俺の思惑とは裏腹に、相手の物腰は穏やかなまま。まあ廊下の方を向いているわけだから、周囲を少し警戒しているのだろう。
ともかく、中身が聞かれなければ問題なし。ただちょっと、俺の方がやりづらいさを覚えてしまうだけだ。
唇をひと舐めして、いよいよ本題を持ち出す。
「今日の勉強会のことなんだけどさ、丸林を連れて行ってもいいか?」
「うん、いいよ〜」
即答。思考時間は1秒たりともなし。彼女の表情は晴れやかで、これぞまさに快諾というやつ。
予想外の返答すぎて、つい顔を顰めてしまう。もうちょっちゴネると思ってた。もっというと詰られさえするかと。
「……やけにあっさりだな」
「こういうこともあるかな〜、とは思ってたので!」
ドヤッ、そんな効果音が奴の背後に見えた。もちろん、実際には大きな窓があって、その向こうに気持ちのいい青空が広がっているだけだが。
全ては計算通りというわけか。まあこの女、頭いいしな。俺と丸林の関係性から判断したんだろう。
「他に何かあるかな」
「いいえ、なにも」
「そっか。じゃああたし、先に教室戻るね。遅くなって、ナツキちゃんに文句言われるの嫌だし」
困ったような顔をして、斎川はこちらの方に歩いてくる。
割となんともなかったな。気構えは余計だった。安心から、やや肩の力を抜く。
その矢先——
「ボロ、出さないでよ」
すれ違いざまに、ピシャリと飛んできた一言。さっきまでと変わらない明るい口調なのに、背筋がゾッとするほど恐ろしい。
慌てて振り返るが、時すでに遅し。その表情は見えず、そこにあったのは凛とした後ろ姿だけ。それもすぐに見えなくなる。
……はぁ。なんなんだ、いったい。ホント、難儀な奴だ。気をつけるのはそっちだろうに。
俺も教室へと戻る。我が友人に結果を伝えねば。鞄を人質に取られてるわけだし。
「ど、どうだった、頼仁」
「……なんか調子狂うな」
待ち構えていた奴と合流して、おずおずと声をかけられた。なにをドギマギしてるんだか。
もはやここまでくると気味が悪い。どんだけ、斎川にあこがれているんだか。
「いいってよ」
「そうか、やっぱりダメだ――お、おおっ! マジでか! やったぜ、ライジン!」
「わかったから静かにしような。東がものすごい顔でこっち見てる。食われるぞ」
「食べないわよ、失礼な――アンタたち、何があったか知んないけど、静かにしなさい。掃除、手伝わせるわよ!」
箒を手にして近くにいた東に脅されて、俺たちはすごすごと教室を出ていった。
なぜ俺まで巻き込まれないといけないのか。丸林め、覚えとけよ。
※
「あぁ、違うよ。ほらここ」
「は? ……確かに。悪いな、斎川」
「気にしないで、國木君」
指摘された間違いの箇所まで速やかに戻る。だいぶ前の部分だから、複雑な計算のやり直し……はぁ、面倒だ。
不毛だ、と思いながらペンを走らせていく。
だが、目の前から並々ならぬ視線を感じて頭を上げた。そこにいたのは、昨日まではいなかった3人目。
「丸林、どうした」
「……羨ましいぜ、ライジン。俺だって斎川さんに」
「ええと、全然かまわないんだけど、丸林君別に困ることないよね」
「い、いえ、そんなことは!」
「そう? じゃあ見せてくれていいよ~」
そこで、丸林の様子が明らかにおかしくなった。目線がノートの上を泳いでいる。とても必死な様子だ。
おそらく、どこか質問する場所を探しているんだろう。先ほど失敗したのに、懲りない奴め。
トントン――友人を観察していると、隣から机を叩く音が聞こえてきた。見ると、斎川が俺のノートの一部を指し示している。
『ほら、集中。時間ないよ』
それくらい口で言えよと思うが、丸林を警戒してのことだろう。今日は、かつてないほどに斎川の話し方は丁寧だ。
その反動か、鋭い言葉はこんな風に文字で飛んでくる。そのせいで、ノートの端っこが大変なことに……。提出のあるワークじゃなくてよかった。
「斎川さん、あのこれを」
「うん、わかった。そっち行くね~」
女神様が立ち上がったのを見て、俺も作業に戻る。時間がないのは事実だ。例の小テストは明日。本来なら、ラストスパートをかけていることになっている。
「え、これ? 丸林君、本当はわかってるでしょ」
「いや、ちょっとごっちゃになっているというか……」
「まあいいけど。さっきみたいに、自己解決しちゃダメだよ?」
ちらりと目を向けてみると、斎川が懇切丁寧に質問の場所を説明した。だが、どうにも丸林は上の空というか……目線がおかしい。どこ見てんだ、あいつは。
『ちょっと損した気分』
つい数分前の走り書き。これは、丸林のところに戻ってきてすぐのもの。
あの時はひどかった。あまりにも質問の内容が適当すぎて、最終的に話があらぬ方向に飛んでいた。
こんなことなら奴を連れてくるんじゃなかった。すごい剣幕で頼まれたから断り切れなかったものの、斎川に申し訳ない。
絶対、あとで何か言われるな……。ややうんざりしながらも、次の問題へと取り掛かる。
「あら。今日は3人でお勉強してるのねぇ」
突然聞こえてきた間延びしてきた声。その方向に顔を向けると、最近よく目にする人がそこにいた。
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