第25話 昼休みの語らい

 購買前にはすでに大集団が出来上がっていた。仕方なくその最後尾に並ぶ。もともと、3、4時間目が体育というのが大きなディスアドバンテージだった。


「やー、派手に出遅れたなぁ、にーさん」

「しょうがないさ。こんな日もある」

「後片付けを手伝ったりなんてしなきゃこんなことにならなかったのにさ。ま、それがライジンらしさか」

「そこは別に問題じゃない。やっぱ教室との往復が余計だった」


 今日の体育は陸上だった。授業からの帰り道、たまたま体育委員が用具をしまうのに苦労しているのを見たから、ちょっと手を貸した。手間や時間がそんなにかかったわけじゃない。


 遅れて更衣室に戻ったとき、当然クラスメイトの姿はまばら。致命的だったのは、貴重品袋を管理している奴もいち早く教室に帰ってしまっていたこと。これでは、財布をすぐに取り戻せない。

 こうして、クラスへの道中昼飯を買う、というプランはあっけなく崩れてしまった。


 結果として無駄な移動を課せられ、これまた我が友人が謎に同伴してきた。こいつ、昼は持参してきてんのに。


「お前、教室戻ったらどうだ。こりゃ、もうちょっとかかるぞ。何か買うものあるなら、俺が立て替えてやるし」

「アズチカにしたようにかい? あれはさすがにお人よしが過ぎるって。ただのパシリだぜ」


 眉を顰めて、唇を尖らせる丸林。呆れているのがよくわかる。行為自体が問題か。それとも相手が彼の腐れ縁だからか。その由来は不明。


 教室を出る直前のことだ。財布を脇に抱えた俺に、隣席の東が話しかけてきたのは。


『購買? ついでに飲み物買ってきてくれたりしない?』


 まあ確かに、客観的に見るとかなり厚かましい。東ちかというクラスメイトのしたたかさがよく現れている。この種の願いは今日が初めてでもなし。

 だからこそ、俺は普通に引き受けた。ただの使いっ走り。金は前もって受け取ってるし、目的地には俺も用があるわけで。


「あえて断る理由がなかった」

「甘いなぁ、奴を増長させるだけだって」

「そりゃ毎日のように頼まれたら俺だって嫌な顔するけど」

「……そこははっきり断れよ!」


 話しているうちに列は進んでいく。それでも順番が来るのはまだまだ先のようだ。これは、ろくなものが余ってないかもだな。


「で、お前はこんままなのな」

「ああ! 俺はね、ライジンが一人だと寂しいんじゃないかなーって」

「そんな感情1ミリたりともないね」

「食い気味の否定! おれぁかなしーよ」

「ご勝手にどうぞ」


 バレバレな泣き真似をするクラスメイトを無視して前の歩みに続く。よくもまあ、次から次にくだらないことができるもんだ。そこは素直に評価しよう。


 会話がなくなると、今度は周りの音が存在感を出し始める。行列の中もそうだが、さすが昼休みだけあって、賑やかな声がどこからでも聞こえてくる。


「で、ライジンさんよ。最近お前さんは放課後どこでなにしてんのかい? 一昨日だけでなく、昨日も俺の誘いを断りやがって」


 とりとめのない冗談めかした口調。少なくとも、こちらを非難する感じはない。ただ興味はあるようで、その目はしっかりこちらに向いていた。


「……いきなりだな、おい。ついてくるって言ってきた時点で、何か魂胆があると思ったけど」

「察しがよくて助かる。で、答えは? もちろん、オフレコだぜ」


 言葉に不穏なものを感じる。こいつは新聞部の敏腕記者(自称)だ。話す内容には注意を払うべき。

 だが、そんなことは全く気にしていなかった。今まではスクープのタネなんて持ち合わせていなかった。それよりもまず先に、丸林芯は分別を持ち合わせている……はず。


「部活でも始めたか?」

「まさか。あり得ないさ」

「だよなー。余計なしがらみ、だっけ」

「そんなとこだ」

「じゃあ、なんでだよ」


 さらに踏み込んでくる丸林。そこはかとなくジャーナリズムを感じる。


 ことここに及んで、誤魔化すつもりはなかった。ただ斎川と図書室で勉強しているだけ。つまらない事実で、隠すようなことではない。向こうもこの件は口止めしてきてないし。

 しかし、経緯が問題だ。告白現場を目撃したら、女神様の化けの皮が剥がれた。これはまずい。あいつの言うにヒビが入る。


 その辺りは、先週の金曜日に意気投合した、とでも言っときゃいいか。思い返せば、この話はそれほど掘り下げられていない。

 それにいつまでも追求されるのは鬱陶しい。


「別に大したことじゃない。図書室で斎川と——」

「なあに? あたしがどうかしたのかな?」


 後ろから声をかけられてドキリとした。相手に、ではなくどうしてここに、という驚きから。

 振り返ると、案の定、斎川がいた。一人きりで、どうやら買い物帰りのようだ。相変わらずの人懐っこそうな笑みで、やや首をかしげている。


「こ、これはこれは、斎川さん! こんなところで奇遇ですね」

「……お前のそのキャラはなんだ」

「あはは、丸林君はいつも面白いな~。二人もお買い物かな」

「おう。斎川は――」


 その手に持っているものを見て言葉をしまい込む。そこにあったのは、何の変哲もない普通のサンドイッチ。個人的には量はやや物足りない。


「も、昼飯買いに来たんだな」

「うん、そうだよ~」

「……あれ? 斎川さんって、弁当女子、では? なんでも、ご自分で作られているとか」


 ダメだ、こいつ完全におかしくなっている。いくらあこがれの女子相手だからって、畏まりすぎだろ。

 呆れかえるが、この場では何を言っても無駄だ。今あいつの眼中にあるのは、斎川の姿だけだろう。


「よく知ってるね、丸林君。いつもはそうなの。今日は軽めに済まそうって思って」

「これでも一応新聞部ですので。なるほど、毎日用意するのも大変でしょうしな」

「口調だけは完全にジェントルマンだな、お前」


 さすがにこればかりはこらえきれなかった。イメージはシルクハットをかぶって、口ひげを蓄えていそう。


「それじゃあ國木君、またね。丸林君も」

「は、はいっ!」

「ああ、元気でな斎川」

「永遠の別れじゃあるまいし、大げさだってば~」


 最後まで笑みを崩さずに、女神様は優雅に去っていく。久しぶりに目の当たりにしたその姿に、もはや違和感しか覚えない。


 気を取り直して前を向く。サンドイッチを見て、改めて空腹を強く覚えていた。願わくは、がっつり食べれるのが残っていればいいなぁ。


「で、ライジン。さっきの話の続きは?」

「ちっ、覚えていたか。厄介な奴め」

「有耶無耶にしようとしたって無駄だぜ。聞き捨てならないワードも聞いたしな」


 丸林の目が鋭く光る。獲物を狙う獣の眼とはこんな感じかもしれない。


 まあ忘れていないんだったら、話してやるか。ひょっとすると、今の出記憶が飛んでるんじゃないかと思ったが。


「勉強教えてもらってるんだ。ほら、テスト近いだろ」

「なるほど、なるほど、勉強を……って、それマジ!? 前一緒に勉強したとき、ふざけすぎて愛ちゃんに怒られたってぐらいに不真面目だったのに」

「その時の話は二度と話題にしないでくれ」


 それは記憶の奥底へとしまい込んである。あの時は、あまりのどうしようもなさに頭がおかしくなっていた。


 そのまましばらく黙り込む丸林だったが、やがてとても真剣な顔つきになった。あまり見ない表情に、俺も自然と襟を正す。


「なあ、ライ――いや、頼仁。お前に、一生のお願いがある」


 奴はそのままの雰囲気で切り出してきた。

 なんだろう、どこか緊迫感すら感じるけど、その内容には何となく想像がついた。

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