第24話 知りたいと思う心
「あーなんか思い出しただけでちょっとイラってしてきた」
「色々大変なんだな、斎川も……」
その顔が怒りの色に染まるのを眺めながら、気の毒そうに言葉をかける。果たしてこの種の相づちを、俺はいったい何度口にしてきたことか。
時計の針は初めて見たときから、半周をしたかしないかくらい。その間ずっと、この女は喋り続けていたわけだ。
最初の話題は学校祭関連だったか。今やもう、最近のちょっとしたことにまでと、かなり時が進んでいる。
しかし、こいつがここまで話好きだったとは。丸林も顔負けのマシンガントーク。あの男との日常会話で耐性ができてなかったらやばかった。
それにしても、ここまで話を聞いて思うことが一つある。だが、それを口にしていいものか。
たった今目の当たりにした彼女のまた別の顔。外から見ていた以上に、斎川瑠実奈という人間は複雑だ。
でもそんなのは当たり前のことで。誰だって、表に出しているのは自分の一部の面。関係性によって相手の姿は変わる。
その中で、俺は表面的なものだけでいいと思っていた。他人と深く向き合うのはやめよう。島を出て抱いたこの結論が揺らいだことはない。
なのに、斎川のことを素通りできない。
表と裏のギャップの激しさ。それを俺にだけ見せてくれているという特別感。あるいは、それ以外の言葉にできない何か。
火に引き寄せられる虫のようなものだ、今の俺は。詩的過ぎて、気持ち悪すぎる表現だけど。
こんなことを考えている時点で、相手の術中にハマっているのかもしれない。いや、割と今回は心の底から愚痴ってるだけな気もする。
「なによ、國木。言いたいことがあるならはっきりどうぞ?」
「……いや別にないけど」
「本当かしら。いかにも、ご意見番的な顔してたのに」
「ワイドショーのコメンテーターじゃねえんだぞ、俺は」
なんだか憐れむような目を向けられた。口元の緩み方も仕方ないといった風。
どうやら俺のツッコミがお気に召さなかったらしい。
踏み出してみようと思う、一歩を。今のやり取りで、あれこれ悩んでいたのが少しアホらしくなった。
思えば、この女は意外とサバサバとしたところがある。昨日だって、いきなりこっちの心に切り込んできたし。
「あのさ、そうまでして自分を偽るんだな、斎川は」
「ええそうよ。思うところあっても、自分の考える優等生であろうとする。それがあたしの選んだ生き方」
「……どうしてかは聞いてもいいのか?」
「あらら、國木君もあたしに興味があるんだね~」
女神様はわざとらしく声をあげて笑う。さらに、ゆらゆらと身体を揺らして。
二人きりのときに女神モードを持ち出すのはからかうときだけ。実際、今も嫌がってそうな雰囲気はない。
変に緊張していたのは、なんだったのか。きっと触れられたくない何かがあると思ってたのに。
「周りとうまくやっていくためよ。多かれ少なかれみんなしていることのはず。あたしの場合はちょっと大げさなだけかもしれないけど。まあ、外に見せる自分くらいは完璧な方がいいじゃない?」
楽しげに言って、斎川は無邪気そうに笑った。首をかしげたのに合わせて、長い髪が揺れ動く。
それは奇しくも、さっき俺が考えたことと似ていた。
だから理屈はよくわかる。それでも普通は相手によって調整していくはずだ。しかし彼女は、一様にあの女神の顔を見せている。
それはある意味、他者の拒絶ではないのか。ゆえに、彼女は俺の本質に気が付いた。
……もっともらしいことを考えてみたが、結局、俺の方が斎川に仲間意識を持ちたいんだ。向こうはただ円滑に人付き合いをしたいだけかもしれない。
「まあなんとなくわかったよ、ありがとう」
「余計な言葉がくっついてたのは気になるけど。満足していただけたのなら幸いですわ」
「なんだよ、その言葉遣い」
「お嬢様モード。お気に召さなくて?」
絶好調だな、この女……。言葉がさっきからこの上なく軽すぎる。
そこで、最後にもう一つ付け加えることを思い出した。
「素のままの斎川でも十分問題ないと思うけどな」
「…………そんなことないわよ」
やけに間が空いてから。彼女は言葉を絞り出す。
それは照れ臭かっただけか。それとも、実はまだほかに何かあるのか。
少なくとも、取り繕うように笑ったその顔はどこか寂しげ。今の俺にわかるのはそれだけだった。
本当の彼女を知るのには、まだまだ時間がかかりそうだ。
しばらく黙っていた斎川だったが、唐突に窓の方へと振り返った。おそらく、その視線は壁時計をとらえている。
「つい話し過ぎちゃったね。相手が國木だからかな」
「な、なに言ってんだよ、お前」
「冗談、冗談。でもちょっとはドキドキしたっしょ?」
「心臓に悪いからやめてくれ、マジで」
いたずらっぽく笑う奴を睨んでみるが効果なし。そこに、さっきの神妙さはない。やはり、早変化はこいつの得意技だ。
そんなことを考えていたら、またしても彼女は真顔になった。
「でも、こんなこと話せるのは本当に國木だけだからね」
「……言ったそばからこれかよ」
「ちっ、からかいすぎたか」
ホント、油断も隙も無い相手だな、まったく。
俺は荒々しくため息をついた。
「まったくこんなことなら丸林と帰ればよかったぜ」
「え? 何その話、初耳なんだけど」
「そういえば、そうだっけ。実はさ、丸林がどこか寄り道していこうって」
「ああ、そうだったの。別にそういうことなら、そっち優先してくれてよかったのに」
「待ってたら悪いと思って。実際、いたわけだし」
「ふうん。そっかそっか、あたしのこと気にしてくれてたのね」
こいつ、性懲りもなく……。これ以上ないほどに、意地の悪い顔をしてやがる。
だが、されっぱなしは癪だ。
俺は一つ、とても真剣な表情を作った。しっかりと、奴の目を見つめる。
「ああ、そうだよ。お前といると楽しいし」
「……は、はい? いきなり何言って――」
「それに、こんなものまで作ってくれるしな。便利な奴だ」
俺は採点が終わった彼女お手製のテスト用紙をつまみ上げた。これ見よがしに、プラプラと振ってみる。
「斎川さんは、意外と献身的だよなー」
「ふっふっふ。言ってくれるわね、國木。そんなにお気に召したのなら、明日はもっと難しくしても大丈夫ね」
しまった。藪蛇だったか。こいつにやり返すのはなかなか大変そうだ。冷たい笑みに、物言わぬ迫力を覚える。
それがわかっただけでも、今日の収穫はあったということにしよう。そんな四度目の勉強会だった。
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