第22話 週明けの憂鬱

 6時間目の授業が終わって、教室全体が騒がしくなる。黒板は端から端までびっしりと文字で埋め尽くされていた。


 今日に限ったことではないが、国語の授業はホントくたびれる。ふーっと、やや長めに息を吐いた。


 するとそれが合図だったように、前席の男がこちらに振り返ってきた。


「月曜から7時間ってのは、なかなかハードだよなぁ」

「今に始まったことじゃないだろ。まあ、確かにしんどいとは思う」

「学校側からの嫌がらせだぜ、絶対」

「教師側もダルそうだけどな」

「きっと死なば諸共の精神さ」

「ぶっそうすぎる」


 テキトーにあしらいつつ、机の上を整理し始める。よほどじゃないかぎり、丸林とは話半分くらいの付き合いでちょうどいい。


「ロンホってなにすんだろうな~。自習だったらいいな~」

「どうだろうな。面倒な作業以外ならなんでもいい」

「面倒なって、キャリア調べとか?」

「そうそう。将来のことなんてまだあんまり考えれてないし」

「ライジンって意外としっかりしてないよな」

「どういう意味だよ」


 むっとした感じに聞き返すが、奴はまるで気にしていないようだ。いけ好かない笑みが依然として残りっぱなし。


 誉め言葉じゃないのはわかっているが、そこまで嫌な気はしていないのも事実。この男から攻撃的なものを一切感じてはいなかった。


「いやいや、ライジンってはたから見るとくそ真面目な感じすんのさ。ちょっと大人っぽく見えるっていうか」

「……まあお前が言うんならそうかもな」


 丸林の人の見る目は確かだ。いろいなゴシップに首を突っ込んでいるからだろう。

 とはいっても、斎川の本質までは見通せなかったみたいだが。まああれは例外というか、俺だって偶然が作用した結果だし。


「でも実際は違うじゃんか。わりとフツーさ」

「おい、なんか話が飛んだ気がするぞ」

「聞きたいならいくらでも詳しく話すぜ? ただ、改まるのって気持ち悪くね」

「それは確かに」


 丸林の顔が曇って、そのまま閉口する。おしゃべり好きなこいつにしては珍しい反応だ。


 もっとも、こっちとしても同じ気分だ。ほかの誰からだってそうだが、特にこの男からだけは自分に対する評価なんて聞きたくない。ただひたすらに照れ臭い。


 けれど、一つ訊いてみたいことはあった。

 俺は他人に興味がないように見えるか、と。


 斎川の言っていたことがまだ頭に引っかかっていた。見抜かれた自分の本質。出さないようにしてたつもりでも、周りからすればバレバレだった。

 ほかでもない丸林なら、明確な答えをくれる……と思いたい。一番近くにいる人間だから。


 けれど結局、その話を切り出すことはしなかった。

 当たり障りのない話をしているうちに、担任が教室に入ってきた。やや遅れて、授業開始のチャイムが鳴る。


 ロングホームルームのテーマは学校際について、だった。


「それでまずは実行委員を決めたいんだけれど、誰か立候補はいますか?」


 教室は静まり返ったまま。久住くすみ先生の言葉に反応する者はいない。

 

 それでも俄かに、一部の方ががやがやし始める。それは、廊下側前方辺り。特に、斎川の席を中心として。

 ちらりと垣間見えた彼女はとても楽しげだった。明るい表情で、周りの生徒と言葉を交わしている。


「先生、あたしやりたいです!」


 そうして、結論は出た。

 数分後には、教壇に立っているのが久住先生から斎川のものへと変わっていた。


 まあ妥当か。生き生きとしたあいつの姿を見ながら、俺はぼんやりとその時間を過ごした。どうせ、自動的に進んでいく話だろう。




        ※




「今日はまっすぐ帰るんだよな、ライジン」

「ん、ああ……」


 放課後になってすぐに、丸林に声をかけられた。


 返事に詰まったのは一瞬斎川のことが気になったから。別に今日も勉強を見てもらう約束はしていない。そもそも、昨日から一度も話してすらいなかった。

 だが、図書室での勉強会が一回限り、という話でもなかったような……。結局はそのあたり曖昧だ。


 素早く教室内に視線を巡らせるが、ぱっと見彼女の姿はない。帰ったのか、それとも図書室があくまで暇をつぶしているのか。


「なんだよ、鈍い反応だな。もしかして、マナちゃんの鍵見つかってないのか?」

「いや、それは見つかった。そして、姉貴をそんな風に呼ぶな」

「なんでだよ」

「身の毛がよだつ」

「聞かれたら一巻の終わりだぞ、それ……」


 丸林はしかめっ面で苦言を呈してきた。特技軽口のこの男に言われると相当な気がする。

 ただそれはこいつが黙っててくれればいいだけの話。次、家に招くときには警戒しておこう。


「ともかく、だったら帰るだろ。どっか寄り道してこーぜ」

「……いいけど。お前、部活はいいのか?」

「ああ。次の記事は提出済みだかんな!」


 悪徳記者の顔はとても誇らしげだ。出来栄えにも自信があるようだ。次回の壁新聞が少し楽しみになってくる。なんだかんだいって、こいつの記事は面白い。


 たぶん、土曜日忙しかったのはこれが理由だろうな。金曜日の放課後は全く使い物にならなかったわけだし。


 ということで、俺は丸林と一緒に帰ることにした。

 別にしばらくぶりってわけでもない。新聞部の活動はそんなに多くはない。寄り道と称して、帰りがけに遊びに行くこともしょっちゅうだ。


 まだ人気の多い校舎を抜けて一気に玄関に。クラスの下駄箱には、意外とたくさん靴が残っている。もちろん、どれが誰なのか。特に女子の方なんかはわからない。


 確証はない。けれど、心の片隅にもやもやは残ったままだった。


「悪い、丸林。用事を思い出した」

「マジかよ、ライジン。ここまで来てそりゃないぜ」

「あのな、ここまだ玄関だぞ」


 大げさに不満を述べる丸林に、俺も調子を合わせる。セリフの割には、奴に怒った様子はない。


 丸林はそのまま靴を履き替え始めた。二三歩、小さく扉の方へと歩き出す。


「そういうことなら仕方ない。また明日な、ライジン」

「おう、また明日」


 また明日。

 その言葉をもう一度心の中で思い起こして、俺は別校舎の方へと足を向けるのだった。

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