第19話 日曜日の交流 尋問

 國木家のリビングに余計な人間が一人。それはもちろん、わざわざお越しいただいたお客様ではなく――


「おかしいと思ったんだよねー。この子が友達と勉強だなんて」


 尊大に言ってのける姉様。不敵な笑みを浮かべて、仁王立ちのままこちらを見下ろしている。無駄に高身長だから、そこそこの迫力があった。


 客の正体がバレたときの気恥ずかしさは、もうほとんどない。むしろここまで得意がることのできる身内に対して、沸々と怒りが募っていく。


「実の姉から信頼されていないことほど悲しいことはないな」

「テスト結果、全部保存してあるよ。エクセルで」

「すみまっせんした!」


 敗北した。

 それを持ち出されると立つ瀬はない。自分の成績の悪さはよく自覚している。

 この女、事務仕事のスキルを遺憾なく発揮しやがって。なにも改まってまとめておく必要はないじゃん。それは反則だ。


「さて、悪は滅びたところで――改めまして、こんにちは。頼仁の姉のまなです。って、呼んでくれてよいよ」

「待て待て。変な意図を感じるんだが!」

「あっはっは、気のせい、気のせい」


 盛大にお笑いになる姉君。

 絶対違う。こいつさっきから盛大な勘違いをしてやがって。

 ぎりぎりと睨みつけるが、まるで効果はなかった。完全に、相手は勢いづいている。


「頼仁君と同じクラスの斎川瑠実奈です。では、僭越ながら……よろしくです、おねえちゃん」

「はうっ!? なんて、破壊力……いったいどこでこんな子を捕まえてきたのよ、アンタ!」

「うるせーな、テンションおかしいぞ」


 姉貴は顔を綻ばせてわなわなと震えている。その頬はかなり赤い。今の斎川の一言に、ノックアウトされたようだ。


 まあ、確かに今のは十分インパクトがあった。いじらしさを感じさせるタメ。恥ずかしがって揺れる視線。甘えるような音の響き。言い切ったあとのあどけない笑顔。ダメ押しとばかりの上目遣い。


 すぐ真横で見ていたわけだが、演技だとわかっていなかったら危なかったかもしれない。不覚にも少しドキっとした。


「やっと彼女ができたか、と思えばこんなに綺麗な子とか。我が弟ながら、未だに信じられない」

「それで結構。斎川はただのクラスメイト。今日だって、めちゃくちゃ頭いいから勉強を教えてもらうだけだ」

「そうなんです。今のはちょっとした冗談で、ごめんなさい、愛さん」


 顔の前で手を合わせて、謝意を前面に押し出す斎川。見たところ、不自然なところはない。


 姉貴もそう感じたらしい。少しだけその勢いが収まった。


「えー、ほんと! 残念だわぁ。せっかくこんな素敵な妹ができたと思ったのに」

「どちらにせよ、それは気が早すぎるだろ……」

「でもま、頼仁なんかとはとても釣り合わないか。はぁ、ぬか喜びだ。アタシのわくわくを返せ!」


 とんでもない主張だ。勝手に勘違いしたのは向こうなのに。とんだ暴君である、國木愛。

 そもそも、女子が来たからってすぐに恋人と結びつける辺り、どうなのと思う。あまりに短絡的過ぎだろう。


「んなことより、クラスメイトと勉強するのに邪魔なんだけど」

「ぐぬぬ、正論なんだけどなんか悔しい……」


 悔しさを露わにしながら、姉貴はじりじりと後方へ下がって行く。悪役みたいな退場の仕方、ちょっとだけスカッとする。


 そのまま奴が消え去るのを見守る。廊下に続く扉がピタッと閉まって、ようやく肩の荷が降りた気分。

 本題に戻るため、斎川に声をかけようとするが——


「ねえ、ホントは付き合って——」


 突然、扉が開いて悪魔が顔を出す。そのニヤケ面は今日イチ。


「違うっつてんだろ!」

「あわわ、頼仁がキレたっ!」


 あえて大声で言い返すと、ようやく姉貴は退散していった。全く、往生際が悪すぎる。その野次馬根性、ぜひ我が校の新聞部に案内したい。


 やっとリビングに平穏がやってきた。過度な疲労を感じて、俺は一つため息をついた。


「悪いな、うちのバカ姉が」


 しかし返事はすぐになかった。


 斎川はただじっと俺の目を見るめてくるだけ。しかも無表情で、いつも以上にその内心は読み取れない。


 一緒にいるなかで、一番辛い時間だ。人となりをちょっとはわかってるとはいえ、やっぱり照れる。


「そんなにムキに否定しなくたってよくない?」

「は?」

「國木にとっては、あたしはただのクラスメイトに過ぎないんだ」


 寂しげに彼女はこぼす。でもその表情は変わらない。


 いきなりどうしたというのか。まさに、なに言ってるんだこいつ状態。


 なにかいわなきゃ、でもなにを? そもそも、このはつげんのいとは?


 頭の中はごちゃごちゃで、思考は一向に進まない。だんだんと顔が熱くなっていく。息が詰まる思いがして、つい斎川の顔から目を逸らす。


 こんなにも重苦しい無言の時間は久しぶりだ。


「……ぷっ、ふふ。あはは!」


 どこか無限に続いていきそうな静寂の中、唐突に斎川が笑い出す。


「な、なんだよ、いったい」

「ごめんごめん、予想以上に深刻な顔するもんだから」


 斎川は息を整えながら目の端をなぞる。どうやら涙が出るほどおかしかった、らしい。


 こっちとしては、本当に生きた心地がしなかったというのに。ありえないと思いつつ、ついいらないことまで考えてしまった。

 姉貴風に、ドキドキを返せってやつだ。


「お姉さんもだけど、うん、やっぱり國木はからかいがいがあるわ」

「女神じゃなくて、悪魔だな、お前」

「どちらでも好きなように。自称したことは一度もないし」


 あっけらかんといい放つ姿に、かける言葉を失った。


「さあ始めよう。二人きりの勉強会を」


 唖然とする俺を、彼女はまるで意に介さない。そのまま慣れた様子で、我が家のテーブルに陣地を形成し始めた。

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