第18話 日曜日の交流 前

 腹いっぱいでボケーっとしていると眠くなる……はずなのに、今日は少しも眠気を感じない。どうも朝起きてからというもの落ち着かないのだ。

 斎川瑠実奈がうちに来る。その事実にわずかに浮足立っている。日が変わってなお、昨日の自分が憎い。


 だが、もう事実を変えることはできないんだ。ここにきて、やっぱ昨日の話なしで、なんてあまりにもクズ。相手が丸林ならまだしも。

 そうその丸林だ。せめてあいつを召喚すればこの緊張も和らぐだろうか。まあそれはできない相談なんだが。

 

「当然二人で、よね」


 俺の提案への第一声が実はこれだった。あっけに取られるでもなく、即座に拒否するでもなく。どこか神妙な感じで返してきた。

 おそらくこの時点で受け入れるつもりだった、なんてさすがに自意識過剰か。実際のところ、すぐに誘いに乗ってきたわけだけども


 ともかく、こんな念押しがあるんだ。やはり誰も呼べない。そもそも他人がいれば、あいつは過度に気を遣う。そうさせるのは、俺の本意じゃない。


「そろそろだよね? でも午前中からだなんてずいぶんな気合の入りよう。明日は槍でも降るのかな」

「言ってろ、勝手に」


 堅苦しく待っていると、姉貴が乱入してきた。


 夕食後はそこまででもなかったのに、一夜明けるとやはり興味がわいてきたらしい。姉は今日のことを根掘り葉掘り聞いてきた。

 具体的にだれが来るかはぼかしつつ、時間と一緒に勉強することは伝えた。我が姉ながら、確認するタイミングがおかしいと思う。


「お昼はどうする? なにか用意する?」

「いいって。テキトーになんとかすっから」

「それって、カップ麺とか? まあいいならいいけど。あんまお客さんに失礼なことしちゃダメだぞ。丸ちゃんじゃないんでしょ」

「大丈夫だ。心配ご無用」


 俺の答えに、「なんだかなぁ」と姉貴は不満げにこぼす。というか、丸林の扱いがぞんざいすぎる。まあいいか。


 昼飯のことは頭になかったが、時間指定してきたのは向こうだ。なにかもってくるとか、考えはあるはず。相手の出方に俺は合わせるだけ。

 ……さすがにカップ麺などの手軽なものは振る舞いたくないな。瞬間思い浮かべた絵面は、どこまでもちぐはぐなものだった。


「じゃあ、あたし部屋にいるから。お昼から出かけるかもしんないけど。あんまり騒ぎすぎないよーに!」


 やや厳しい表情で睨むと、姉貴はリビングを出て行く。冗談めかした感じだが、あれで最終警告だ。盛大に騒ぎ立てようものなら、すぐさま雷が落ちる。


 まあ今回ばかりは、残念だが杞憂だ。姉貴は客人が男友達と思っているかもだが、それは的外れ。俺が斎川と共にはっちゃけることはない。


 ピンポーン。


 今度はチャイムが室内に鳴り響いた。すぐにインターホンのところに駆け寄る。画面には一人に女子が映し出されている。


 その姿にやや戸惑ってしまう。

 ブラウスとロングスカート。どちらも落ち着いた色で、清楚さが際立っている。まさにいいとこのお嬢様。そして愛嬌たっぷり。

 イメージは普段通りでも、私服姿とくればさすがに変に意識する。昨日制服だったから、なおさらだ。


 ともかく待ち人来たり、というやつだ。いつまでも待たせておくわけにはいかない。

 気後れしつつも、俺は応答ボタンを押した。


「こんにちは! あたし、頼仁君のクラスメイトで——」

「おう、ちゃんと来れたんだな。よかった」

「なんだ、國木か。損した気分」

「あのなぁ……」


 よそいきモードは終了。すぐに地を出す斎川だった。

 呆れながらオートロックを解除して応答を終える。ついに来てしまった。エレベーターがあるとはいえ、猶予はごくわずか。


 もう一度リビング全体を見渡す。いつもよりも片付いている。結果論だが、大捜索祭のかいあったわけか。


 ピンポーン。


 再びのチャイムに、今度はまっすぐ玄関へ。

 さっきから心臓の鼓動がうるさい。一つ息を整えて、ゆっくりと扉を開ける。


「……おう」

「……どうも」


 お互いぎこちなく言葉を交わす。

 向こうがぺこりと頭を下げてきたので、俺も真似した。


 向こうはやや顔を伏せたまま。どこか畏まった感じがする。

 さっき画面越しに見たはずなのに、間近にするとやはり気が引ける。控えめながら、つい目を奪われる華やかさ。相手と場所が違えば、とても近寄りがたい。


 微妙な雰囲気が流れ出す。ここは家主側から切り出すべき——


「これは……?」

「ん、手土産。お呼ばれしたってのに、手ぶらは、ね」


 突き出されたのはコンビニの袋。ぶっきらぼうにして、斎川はこちらの顔を見ようともしない。


「ええと、ご丁寧にどうも。ありがたくいただくな」

「いえいえお気になさらず」


 受け取って中を見る。お菓子の箱がいくつか入っていた。勉強のおともだな。あとで茶淹れないと。


 しかし、どうしてこうも気まずいのか。なぜどこまでも他人行儀なやり取りを繰り返しているのか。

 どうも斎川の方も緊張して見える。それでこちらも調子がつかめないわけで。


「で、入っていいの?」

「ああ、もちろん」

 答えながら、大きくドアを開けた。

「お邪魔します」

「どうぞ」


 一歩引いて、お客人が靴を履き替え終えるのを待つ。 

 輪をかけて大人しい様子に、俺はある一つの可能性に行き当たった。


「姉貴なら部屋に引っ込んでるから気にしなくていいぞ」

「ああそうなの、うん」


 鈍い反応。どうやら、まるで見当違いな指摘だったらしい。てっきり、他人の目を気にしているのかと思ったのに。


 そのままリビングへと案内していく。といっても短い廊下があるだけで、そんなたいそうなものでもないが。


 角を曲がろうとしたとき、突き当りの扉が開いた。


「いやぁ、びっくり! とうとう彼女を連れてくるとはねぇ~」


 ゆっくりと姿を現す姉貴の顔は、好奇心でいっぱいだった。

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