第15話 逃げ落ちた先で
せっかくの土曜日だというのに、もう午前は消し飛んだ。それもこれもすべて、我が不肖の姉のせいである。
「はぁ~、無事に見つかってよかったぁ。これで一件落着だ」
「アンタちゃんと反省してんのか……」
ソファにどっかり座る姉を見ながら深くため息をつく。心の底から安堵しきって、どう見ても気が完全に抜けている。
リビングは散らかりっぱなし。そりゃ、部屋をひっくり返すほどの勢いであちこち探しまわしたのだから無理はない。
悲惨なのは、この光景が姉の部屋でも広がっているということ。戻し作業はなかなかに骨が折れそうだ。
これで何の成果も得られなかったと思うと……テーブルの上に放っておかれた家の鍵――謎のキーホルダーのついた――を見て少しだけ気が休まる。よくよく考えればプラマイゼロ、それどころか、しなくていい労力の分マイナスだわな。
「お姉ちゃん、ね。最近、口悪いよ。なんだったら昔みたいにまなたんって呼んでくれてもいいぞよ?」
「いつの話をしてんだか。まあわかったよ。だらし
「うふふふ、泣くよ?」
「勝手に泣いてろ。ただ、歳は考えろよ」
「ほーんと、ムカつく!」
それはこっちのセリフだ。アンタが物の管理をちゃんとできていれば、こんなにくたびれることはなかった。せめて、もう少し寝ていたかったのに。
ぐぅ~。
情けない音が辺りに響いた。時刻は12時を半分ほど過ぎたころ。國木家の『お昼の時間』はとうに越えている。
意外と大きな音だったからか。姉貴が喜々とした顔をこちらに向けてきた。
「おやおや。腹減りボーイここにあり、だねぃ」
「まあな」
「しょうがない。何か作ってやりましょう」
「サンキュー……と言いたいが、これでチャラにはしないからな」
「うっ、我が弟ながら手厳しい」
苦笑しながら、姉はのろのろと立ち上がる。そのまま、やや気だるそうにキッチンへ入っていく。
俺は入れ替わるようにしてソファに腰を下ろした。とりあえず手持無沙汰でテレビをつける。
「リクエストはー?」
「特になし」
「はいはーい。じゃあパスタね」
調理の音を聞きながら、深く背もたれに沈み込む。ぼんやりとした頭で、午後は何をしようか考える。
いつもながら、全くプランはない。適当に課題をこなしつつゲームか、動画を見るか。ともかく、自室が恋しい。
「おっ、午後に備えて体力温存? 関心、関心。ちょっと具を奮発しましょう」
まどろみをばっちり目撃されてしまったらしい。そして、ずいぶんと自分勝手な解釈だ。
鍵探しを手伝ったのは、俺にとっても死活問題だったから。それが果たされた今、片づけをする義理はない。
……そんな主張、通らないだろうなぁ。ここまで姉貴がおとなしいのは、のちの伏線。姉弟だけに、それはよくわかっている。
何か外に出る用事を作らねば。
ポケットからスマホを取り出して、最も頼りになるであろう人間にメッセージを送りつけた。
※
うん、非常に文化的な建物だ。その名称にふさわしい感じ。
バカげたことを考えながら、自動ドアをくぐる。真新しいエントランスを抜けて、いざ目的の地に足を踏み入れた。
圧倒的な静寂。張りつめた空気に、息苦しさを覚えてしまうのは俺だけなんだろうか。つい肩掛けバッグの紐に手をかける。
やってきたのは地域の図書館。この街に住み始めて1年になるが、来るのはおろか場所すら初めて知った。
『いい案があるぜ』
頼りにした男は、今日については用事があるとのこと。
まあ急すぎたから仕方ない。こんなことなら、もうちょっと策を巡らせておくべきだったな。見積りが悪すぎた自分が恨めしい。
そうして奴から授けられたのが、図書館に行くこと。
昨日の俺に対する意趣返しだったのか。本意はわからない。でも名案だと思って、素直に乗っかることに。
日頃から勉強しろと口喧しい姉も、さすがに引き下がった。それどころか、とてもうれしそうだったのが、少し心が痛い。
まあ嘘をついたわけでもなし。カバンの中には、適当に勉強道具を詰め込んである。無理やり作った用事だが。
(意外と人多いな……)
自習できそうなスペースを探して中を彷徨うことに。休日だからか、利用者は結構いる。この辺り、学校の図書室なんかとは大違いだ。
ようやく落ち着けそうなところが見つかった。今度は空いた席を求めてうろうろ歩き回る。
そんな中、遠目からちょっと気になることがあった。うちの高校の女子の制服姿がある。まあ学校から近いしそんなこともあるだろう。
特に気にせず近づいていくが――
「……は?」
真横を通過しようとして、思わず足を止めた。驚きのあまり、つい声を出してしまう。慌てて口元を抑えるが時すでに遅し。
無音の空間において、俺の声はしっかり向こうに届いたらしい。作業の手が止まり、相手がゆっくりと顔を上げる。
「なにかご用で――てっ、國木?」
すさまじい声色の変わりっぷり。というか、こんな場でも立ち居振る舞いは変えないのか。
ぴたりと動きを止めて、彼女は怪訝そうにこちらを見てくる。まるで時間が止まったかのような錯覚。
「……奇遇だな、斎川」
「本当に勤勉だったとはね」
苦々しく呟いたまま、彼女は席を立った。そのまま目だけでついてこい、と合図を送ってくる。
様々な疑問が浮かぶなか、一番気になるのは、やはりこの服装か。見慣れたセーラー服姿を追って、ぎこちなく来た道を戻っていく。
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