第14話 ぼやける素顔
一人増えて、ゴールの見えない会議が再開する。ここまでくると、もはやカウンターにいた今日の図書当番も連れてくればいいとさえ思う。
「まったく寂しがってるじゃないかと気を利かせてきてみれば、いったいぜんたいこれはどういう状況だ、ライジン」
「話すと長くなるんだが……」
「では私から説明しましょう」
助け舟を出してくれたのは、なぜか屋敷先輩だった。微妙な気分だが、代わってくれるのならありがたい。正直、経緯を話すのは気が重たかった。
「どうしたら図書室をみなさんにもっと知ってもらえるのかを話し合っているのです」
「はあ、そうなんすね……いやいや、俺が気になってるのはどうして斎川さんとこいつが一緒にいるのか、ってことなんすけど」
「それは私がお誘いしたからです。利用者目線の意見が欲しかったので」
うん、どこかズレている。それが意図的なのか、たまたまなのか。はた目には見当がつかない。屋敷先輩のことをよく知っていれば別だが。
なんとなく、斎川の様子を窺ってみる。にこにこと和やかな雰囲気。増えたのがクラスメイトということで、その振る舞いには磨きがかかっていそうだ。
「さて、しん君にもご理解いただいたところで、話を戻しましょう。『図書室だより』以外に何か案はありますかね」
「ふっふっふ。ご安心を、委員長。そういうことならぜひ我が新聞部に!」
「そうですねぇ、それもいいかもですね~」
それなりに効果はあると思うのに、先輩はテキトーにあしらっている。新聞部じゃなくて、丸林に原因があるのかもしれない。ただの主観だが。
まあこいつの書く記事はろくでもないものが多いから気持ちはわかる。図書室について、どんなあることないこと書かれるのかわかったもnじゃないだろう。
だが、友としてたまには援護してやるか。
「先輩、知ってもらうという点では『図書室だより』と変わりないのでは?」
「それはもちろん。でもここに来たくなるようなものに仕上がるかというと……」
図書委員長は新聞部員に半信半疑な深い視線をぶつける。うん、やはりこいつに信頼感がまるでないんだろう。
丸林の方も、口笛を吹いてわざとらしくとぼけるだけ。そういうところに、いまいち頼りなさが表れている。
「確かに周知度を上げたい、と言ったのは私です。でもそれは、もっとたくさんの人に図書室に来て欲しい」
「心配しなくても、あと2週間もすればいっぱいになりますぜ」
「それはテスト勉強のためでしょう。違うんです、私は皆さんに本と親しんでもらいたいのです!」
この人にしては珍しく強く言い放った。机に両手をついて、ぐっと身を乗り出す。その瞳はキラキラと輝いていた。
「実家がね、古書店やってるんだって」
すかさず真横からフォローが入った。ぐっと身体を寄せてくる斎川。耳元をなでるささやき声は正直くすぐったい。
だが、真っ先に反応したのは俺じゃなかった。目の前の男が急速に顔色を変える。
「やいそこ! なにこそこそ話を――」
「しん君。うるさいですよ」
たしなめられて、いきり立った丸林はすぐに引き下がった。静かな口調だったが、その奥に秘められたものを感じ取ったようだ。
そして、やってくる沈黙の時間。あの男が加わってから、どうも慌ただしくて仕方がない。
「つまり、利用者を増やすための施策を出せばいい、と」
「そうなりますかね。ライジン君、よくまとめてくれました」
「だったらイベントを開くのはどうですか? 読書週間を作るとか」
「はい、るみるみちゃん1ポイント」
どうやらいい意見を言うとポイントがもらえるようだ。それがなんなのか。貯め続けた果てに何があるのか。わかるのは、先輩がとても楽しげなことだけ。
「でも単なる読書週間なら、別に図書室と結びつかないんじゃ」
「はい、ライジン君。マイナス1ポイント。ダメです、すぐに否定的意見を出しては」
「ぷぷぷ、ざまぁねえな、ライジン!」
「しん君はマイナス10ポイントね」
「そんなっ!?」
大げさに驚いて見せる丸林。奴は早くもポイント獲得競争から脱落……いや、それがなんだといわれると困るが。
確かに、今はアイディアをたくさん出す段階か。先輩の言葉に従って、俺も少し考えてみることに。
何があれば図書室にくるか、か。ここは基本的に本を読む場所。でもそれ以外に、何か副産物でもあれば……。
「スタンプラリー的なのはどうですか? 指定図書を借りるとハンコがもらえて――」
「規定数集めると賞品がもらえる、ってやつか!」
「人様の意見を取らないの。でもいいかもしれませんね。賞品は少し難しいかもしれませんが」
おっ、意外と高評価。完全な思い付きだったが、素直にうれしい。
ようやく役に立てたようで、少しは安心できた。ここまでしたことといえば、委員長を落ち込ませたくらいだし。
「じゃあライジン君にも1ポイント」
「よかったね、國木君!」
「ちっ、お前には負けねえぞ、ライジン!」
敵意を見せる丸林はさておき。
斎川の俺に対する呼称が今となってはくすぐったく思ってしまう。でも、表面的に彼女に違和感はない。改めて、その仮面の分厚さに気づく。
これで弾みがついたのか。その後はスムーズに話し合いは進んでいった。
※
「結局、どれか一つには決まりきりませんでしたね」
文字で埋め尽くされた2枚のプリントを前に、俺はぽつりと呟く。
割とあっというまに制限時間に達した。今はもう後片付けを始めている。
「いいんですよ~。本決定は委員会でしますから。これだけ参考意見が集まれば十分です」
そうだ、俺たちはあくまでもお手伝い。これは図書委員の問題だから、正当な手順で解決させるべき。
でも少しだけでも貢献できたのならうれしい。果たして最終決定はどんなものになるのか。これからの『図書室だより』から目が離せないかもしれない。
俺はふと斎川に視線を移す。こいつと絡むことがなければ、こんな気持ちにならなかった。そう思うと、なんだか不思議な気分になる。
「それじゃあ3人とも。今日は本当にありがとうございました。私は閉館準備があるので先に出ちゃってください」
「こちらこそ、いろいろと勉強になりました。屋敷先輩、頑張ってください! いこっ、國木君、丸林君」
やや名残惜しさを感じつつも、図書室を出る。閉館時間をちょっとすぎた図書室はがらんとして、寂しい雰囲気に包まれていた。
廊下に出るや否や、丸林が大きくのびをする。ずっと集中していたわけだから、その気持ちはよくわかる。
「いやー、疲れたな。早く帰って寝たいぜ!」
「お前、部活はいいのか?」
「……あっ!」
自分が新聞部に属していることを完全に忘れていたらしい。大丈夫か、この男。そんなんだから、昨日部長に急襲されるんだ。
「やべっ、早く部室戻んないと! それじゃあな、ライジン。斎川さん、先に失礼させていただきます」
「……扱いに差をつけるな。――じゃあな」
「さようなら、丸林君!」
血相を変えて、奴は一人うら寂しい廊下を駆けていく。最後まで慌ただしい奴だ。図書室にいるときでさえそうだった。
その姿を完全に見送って、俺と斎川は歩き出す。
「今日は最後までなのね」
夕焼けに照らされる校舎を歩きながら、斎川が口を開く。雰囲気は完全に落ち着き払っている。
「姉貴まだ帰ってきてないみたいだからな」
「なるほど。でもそれじゃあまだ家には入れないんじゃ」
昨日こそ、姉貴は鍵を勝手に持ち出したわけだ。その負い目からか、ちょっと早めに帰ってきた。
でも今日は違う。普通の時間帯に帰宅してくるはず。それにはまだちょっと時間がある。
もちろん、それは対策済みだ。
「大丈夫だ。買い出しの任を授かってきた」
「ふうん、そう。ということは、ご飯はお姉さんが作ってくれるんだ?」
「基本的には当番制……っつても、俺は全くできないから、アレなんだけど」
「へえ。料理ダメなの」
しばらくぶりに、斎川の意地悪な笑いを見た。今ではもう、こっちの方がしっくりくる。ちょっとした安心感すら覚えてしまう。
その後は他愛ない話をしながら、彼女と一緒に門を出た。辺りにはそろそろ夜が迫ってきている。
「じゃああたしこっちだから」
「おう。また明日な」
「休みの日に学校に来るほど勤勉だったんだ、國木は」
からかうように言い放って、斎川は俺とは逆の方向に歩いていく。その背中はどこまでも凛としている。
あいつは休みの日、どんなふうに過ごすんだろうか。まるで見当もつかない。
結局、斎川瑠実奈という女子のことを俺はまだまだ何も知らないんだ。
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