第13話 密会は横道にそれる

 俺と斎川はテーブルを挟んで、図書委員長と相対していた。


「認知度をあげたい?」


 言われたままに繰り返すと、屋敷先輩は困ったような表情で頷いた。さっきまでの話しぶりもどこか深刻だった。


 要領を得ずに、思わず斎川と顔を見合わせる。向こうもあまりピンとは来てないらしい。

 とりあえず、辺りをぐるりと見回してみた。確かに、ここ閲覧スペースの利用者はほとんどいない。おそらく、本棚の方もそうなんだろう。


「でも先輩。ガイダンスがあるからみんな図書室のことは知ってると思いますよ。ねっ、國木くん」

「……まあそうだな」


 微笑みかけてきた斎川に、どこか含みを感じてしまう。絶対、これは昨日の会話を踏まえてやがる


「ええわかっています。でも開館時間とか、お休みの日とか、実際の利用にあたって必要な情報は行き届いてないのでは、と。ねえ、ライジン君」

「……そうかもしれないっすね」


 どうして二方面から攻撃を受けているんだろう?

 しかし、屋敷先輩の中では変な呼び方が定着してしまったらしい。恨むぞ、あの野郎。具体的には次に会ったときすぐにでも。


 というか、そもそもこの問題が露呈したきっかけもあいつじゃないか。この場にいないにもかかわらず、どんどんヘイトが溜まっていく。


「手ごろなのは『図書室だより』の発行回数を増やすとかかしら」

「今は月に1度、でしたよね。毎回楽しみに読んでます!」

「まあ! それはほんとうに嬉しいですね〜。ありがとうございます」

「いえいえ。けど——」


 元気いっぱいに答えていた斎川だったが、唐突に顔をこちらに向けてくる。その瞳が残念そうなのは、このせいだと思いたい。

 気づけば、図書室の女主人までも俺の方をじっと見ていた。真剣な表情でこちらの答えを待っている。


 真面目な話、存在じたい初耳だ。月1と言われたところで見覚えがまるでない。プリント類は基本、クリアファイルにまとめてあるから探せば見つかるかもしれないが。でも、無残な姿をしてそう。ファイル、パンパンだから。


 それを答えたらいったいどうなるか。女神様はここぞとばかりに小馬鹿にするだろうし、主人様は……はっきりとわからないが、得体の知れない怖さがある。


「まあそのたまには読んで——」

「正直に言ってくれて構いませんよ?」


 にこっ、屋敷先輩の慈愛に満ちた微笑み。だが、一切の嘘を許さないような圧を感じる。


「すみません、1度も読んだことありません!」

「それどころか?」

「はい、今知りました!」


 先輩の誘導に乗って自供。この人にへたな小細工が通じないと、脳裏に深く刻み込んだ。そりゃ、丸林も殊勝な態度を見せるわけだ。


 俺の失礼すぎる答えに、図書委員長は気を悪くしたところを少しも見せない。あくまでも全てを包み込むように微笑むだけ。ああ、なんて優しげ。先ほどの威圧感はうそみたいにない。


「人間素直なのが一番ですよ。ねえるみるみちゃん」

「あたしもすごくそう思います!」


 どの口が、と同級生の完璧な笑顔にツッコミを入れる。ここまでよく女神様モードが続くもんだ。素直に感心した。


 楽しそうにしていた屋敷先輩だったが、急にその顔が暗くなった。


「でも読んでくれる人が少ないんじゃ増やしても意味ないですね……」

「少なからず効果はありますよ。ねぇ、國木君」


 突然話題を振られた。さらに、女神様はこちらの横腹を肘で突いてくる。

 ちゃんとフォローしろ、ということらしい。確かに、悪い気はずっとしていた。屋敷先輩もかなり傷ついただろう。


「そうですよ。俺みたいなテキトーな奴は少数でしょうし」

「……ですかね。だとしても、やっぱり難しいかも。予算は限られてるから、生徒会に掛け合わないと」

「意外と手間なんすね」

「そんなにでもないですよ? ――そういえば、るみるみちゃん。確か、生徒会のお手伝いしてなかったかしら」


 俺もいつか丸林に聞いた記憶がある。そのときはさすがだな、と思ったものだ。すでに、斎川瑠実奈の完璧具合については知っていたから。


 けれど、名指しされた当人はどこか渋い反応だ。視線がやや下を向いている。


「ごめんなさい、屋敷先輩。ちょっと力になれないかも、です。生徒会行くの、年度替わりでやめちゃったので。勉強に集中しようと思って」

「そうなの? こちらこそごめんなさい。全く知らなかったもので」

「いいえ、気にしないでください。先輩は悪くないですから」

「でも、ここに来る頻度が上がってたから、どうなのかなぁとは思ってたんです」


 二人が互いに申し訳なさをぶつけあう中、俺一人は完全に蚊帳の外。ただ、一つ気になっていることがある。生徒会をやめた理由。勉強だと言っていたが、昨日聞いた限りでは……。

 本当の理由が別にあるのか。斎川瑠実奈の素顔を知っている身としては、少し気になる。生徒会の活動もきっと彼女の仮面を形成する大事な要素だと思うのだが。


「うん、私が直接行きましょう。当事者なわけですし、ショートカットを使おうとしたのがよくありませんでした」

「なにか行きづらい理由とかあったんです?」

「そういうわけではないんですどね」


 意外にも先輩は含みのありそうな表情をした。口調もどこか重たい感じ。なんとなく、この人にはあまりふさわしくないように思う。

 それどころか。ちらりと見た斎川の横顔も微妙だし。生徒会なんて全く縁がなさ過ぎて、微塵にもどんな雰囲気か想像できない。


 今度丸林に聞いてみるか。まあその時には忘れていそうな気もする。おそらく今後ともかかわりはないだろうし。


 そう思ったのがいけなかったのかもしれない。噂をすれば影が差す。しかし、この場合は俺が心のうちに留めていたんだけども。

 気分転換にちょっと遠くの方を見たとき、そいつの姿が目に入った。いつからそこにいたのか。奴は二つ先のテーブルの先に座っていた。


「どうしたの、國木君?」

「いや、あれ」


 こちらの異変に気付いたのか。声をかけてきた斎川に、異変を顎で示した。

 続けて、委員長もそちらの方を振り返る。


「ちーちゃんとこの子ですね。せっかくですし、仲間に引き入れましょう」


 どうやら、まだ波乱は続きそうである。

 

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