第5話 魔王の城(3) 誓約の術

 失敗した。完全に。

 せっかく魔王の懐近くまで近づけたのに。

 どうしてもっと情報を集め、慎重に策を練ってから、事を起こさなかったのかとしきりと悔やまれる。


 わかっている。

 感情が先走ったせいだ。行き当たりばったりで、動いてしまった。


 "魔術封じ"の部屋だって、調べていれば事前に対策がとれた。

 そう、魔王の持つ指輪のように、魔術封じを打ち消す品を用意することが出来たんだ。

 時間さえかければ、そのぐらい自作できる。

 だけど、耐えれたか?

 その準備期間、魔族として過ごせたか?

 答えは”否”だ。

 ましてや魔王の息子だなんて。

 判明した途端、魔王そっちのけで、今日と同じことしてる。


 おかしいだろ。うつわにするだけなら、他に魔族は大勢いるのに。なんでわざわざ自分の子を使うんだ。

 使い捨てにしていい息子だったのか?

 そんなことってあるのか?


(角が邪魔だな……)


 壁に片側の頭を預けてると、壁からの反圧を頭ではなく、まず角に受ける。違和感この上ない。角は重くないけど、これ、どうやって寝るんだ。

 横向いて寝て角が当たるなら、仰向けでしか眠れないじゃないか。うつ伏せとか、苦しいし。


 いやだ。

 まさかこれから先ずっと、魔族のまま生きてくハメになるとか、ないよな?

 牢にぶち込まれるにしても、宿敵の息子の身体なんて、こんなはずかしめはない。

 忌々しい。魔王め、なんで、剣を向けた相手をさっさと殺さないんだ!


 ――自分の息子の身体だから?


 だとしたら、昨日までの我が子に、他人の魂を放り込む感覚がまるでわからない。子どもが可愛くないのか?

 魔族の考えることは、さっぱりわからない。


 静かだった。

 執務の続きをしている魔王は、時折こちらに視線を注ぐ以外、何も言ってこない。


(頭痛と胃痛、おさまらないなぁ……)

 

 痛みのせいで、ちっとも思考がまとまらない。


 腹が減りすぎてて痛いんじゃないだろうな?

 新しく加わった右手の火傷もズキズキと主張してくる。

 部屋に"魔術封じ"さえなければ、こっちは簡単に治せるものを。


 ……いや、こんだけ拘束されてたら、ちょっとアレだけど。




 どのくらい時間が経ったのか。


(? 騒がしいな)


 部屋の入口付近で、何か揉めているような声がし始めた。

 首だけ回してそっちを見ると、ちょうど兵や小姓たちを振り切るようにしながら、ひとりの女性が部屋に入ってきたが。


「!!」


 見た瞬間にびっくりする。

 華奢でたおやかな女性なのに、"敵わない相手"、"手を出してはいけない相手"、そういった認識にさっと心が支配されたからだ。


 なんだ、なんだ? 魔王を見た時だって、こんなこと感じなかった。

 何者だ?


 全注意力を傾けて、彼女を見る。


 “高貴”という形容がぴったりの女性だった。

 紫水晶のような見事な角が、その形良い頭部を飾っている。角には何かの文様が彫り込まれていて、神秘的な気配を漂わせていた。呪術か何かだろうか、角に文様を施している魔族は初めて見た。


 ハキしてりんとした美人なのに、くつろいだよそおいのせいか、妙に……色っぽい。


 緩やかに波打つ豊かな髪を一括りに、肩より胸元に流し、ゆったりとした室内着の上に、美麗な刺繍が施された上品な上着を羽織っている。

 清冽さと妖艶さ、相反する魅力を併せ持つ、不思議な印象。

 落ち着いた雰囲気や典雅な物腰から割り出した見た目は20代後半。

 でも、魔族の年齢は見た目と比例しないんだよなぁ。白い肌は10代と言っても良いくらい眩しく輝いてて、目鼻立ちの秀麗な事と言い、気品溢れる所作と言い、文句なしの美女だ。

 ホント誰?


「申し訳ございません、陛下。今はどなたであってもご入室が叶わないとお伝えしたのですが……」

 必死で弁明する小姓に対し、魔王は口をへの字に曲げたまま、特にとがめず、手で兵と小姓を下がらせた。

 そんな周りは意に介さず、女性は部屋の中に視線を巡らし、壁に寄りかかって座る俺の姿に目を止めると、澄んだ声に非難の色を含んで響かせた。


「まあ! まああ! なんというむごいことをなさるのです、陛下」


 言いながら、すぐさま駆け寄ってくる。

 えっ、この人の目的って、俺??


「ああ、可哀そうに。こんなものまでつけられて」

 彼女は俺の後ろにかがみこむと、せわしなく手を動かして猿轡さるぐつわの結び目を解きはじめた。


「勝手に外すな。考えあってのことだ」

「そのお考えは別の方法になさいまし! わたくしの息子に酷いことをなさらないで」


(この身体の母親か!)


 つまりこの女性は魔王の伴侶ということになる。

 正妃なのか側妃なのかは知らんけど。

 魔王相手にここまで言い切っている。入室禁止も平気で破っていたし、立場は強そうだ。正妃……王妃かな?


「それ以前に、余の息子だ」

「ではその父親にこんな仕打ちをされて、心の傷となったらどうします」

「そんなヤワな性格はしておらん。大丈夫だ」

「そう言って陛下が追い詰めるから、エトールが一人で思い悩む事態になるのですわ!」


 言うなり、頭をぎゅっと抱き締められた。すでに噛まされていた布は外れている。

 豊かな胸にちょうど顔が押し当てられるような位置になった。

 部屋着の布は、薄くすべらか、さらに谷間を含む大部分が覆われてないようなデザインで、今にもこぼれそうな胸と頬が直接触れ合う。しっとりと吸い付くような肌は適度に冷たく、しかし生命の温もりを伝えてきて、ふわりと良い香りがする。


(えっ、何この状況。展開に追いつけない)


 魔族は対象外だと思っていたのに、普通にドキドキする。相手が美人過ぎるせいか?

 いや、いくらなんでもそこまで無節操じゃない。

 とりあえず、この白い胸から逃れないと。


 じたばたと藻掻もがくものの、意外にも固く抱きしめられていて、抜け出せない。

 縛られている手で彼女押しやるというわけにもいかず、もし仮に自由だったとしても、相手の身体に触れるのは躊躇ためらわれるので、やはりどうにもならなかったかもしれない。


(気づいて離して欲しい……)


 ついには他力本願に投げ出し、くじけた。

 どうしよう、胸が気持ちいい……。女性相手にこんなの失礼だけど、知ってる匂いな気がする……。


 俺の困惑をよそに、推定王妃が魔王に対し主張を続けている。


「心が原因で体調を崩したとマーレフから聞きました。さらに夕食を食べなかったとも。この子が食事に一切手を付けなかったなんて、よほどのことです。大好物の練り菓子ロクムすら残したのですよ? たとえ高熱でも、練り菓子だけは食べたがる子なのに。厨房でも激震が走ったとか。深刻な事態に違いありません!」


 エトール……おまえ、どんだけ食い意地張ってんだ……。

 食べなかっただけで”厨房で激震が走る”って、すごい恥ずかしい認識されてないか。俺のことじゃない。なのに、なんか耳が赤く染まりそうだ。


 見知らぬエトール像に思考リソースを割く間も、王妃の言葉が続く。


「心配して部屋に行ってみたら、陛下の元に来ているというではありませんか。慌ててこちらに参りましたら、扉の前に待機する衛兵たちは皆一様に暗い空気で青い顔。何かあったのか問い詰めても一向に答えませんし、業を煮やして飛び込んでみたら、まさか王子の身を虜囚のように縄打つとは!」


「縛ってないと、自分で身体を傷つけるのだ。目の前で死なれてはたまらん」


「!! では、自ら命を断とうとしたのですか?」


 王妃の目が驚愕に見開かれた。


「エトール、何があったのです。この母に話してごらんなさい。父上に何かされたの?」


 ぐい、と両手で頬を挟むように顔を持ち上げられ、自分の目の前に据えられる。

近い、近い、近い。

 触れてしまいそうなほどの距離に顔を寄せられて動転する。

 のぞき込んでくる紫色の瞳が、驚くほど綺麗な色合いだ。


「おい。なんだその前提は」

「この子に死にそうなほどの影響を与えるなど、考えられるのはあなた様くらいです」


 彼女は魔王には顔を向けず、言葉だけ返しながら、相変わらず俺の目を見ていた。心の奥まで探り込むような視線だ。


(原因が魔王なのは、当たってるよな)


 さすが夫婦。付き合いが長そうだ。


「以前、余が強引に推し進めた事があって、そのせいで少々誤解が生じているだけだ。大したことではない」

「やはり陛下のせいではありませんか。ご自身が元凶でありながら、一方的に縛り付けるなど、何事です! この縄も解きますわよ? わたくしが来た以上、不要です」


 キッと魔王を睨み上げ、宣言したが早いか、手を縛っている縄をほどきにかかる。元々解きやすく括られていたようで、固いはずの縄は女性の力でも労せず外せたらしい。あっさりと俺の両手は自由になった。


「わたくしが目を離した途端この騒ぎ。……やはりわたくしの手から出すべきではなかったのですわ。13歳ですもの、まだ母の元に置いておいても差支えのない年です。この子はわたくしの部屋に引き取ります。

 幼い頃から何度も高熱を出し、その度に気を揉んで、ようやくここまで育ってくれたのに。危うく失いかけたなど、身も凍る思いです。

 妙な気を起こすというのなら、四六時中わたくしが側についておきますわ。それならよろしいでしょう?」


 彼女の申し出にギョッとする。引き取られなんかしたらマズイし、美女と四六時中一緒にいたら、別の妙な気が起きかねない。


「馬鹿を申すな。13ともいえば初陣に出るような年齢ではないか。いつまでも母親の側になど置けるか。それにエトールには、まだ余の話が終わってない。連れて行くことは許さん」


「ですが、エレメアも泣いております。兄が体調を崩したのは自分が強引に誘ったからだと言って、いくら違うと諭しても聞き入れないのです。それを聞いてエリセーレはエレメアを責める始末。エトールを連れ帰れば、きっとふたりとも喜ぶはず。エティエルがマーデンの森へ植物採集に出て長期不在のまま寂しかったので、ちょうどよいかと存じます。ご許可を? 陛下」


 ……話の流れから察するに、泣いているというのは最初に会った女の子のことなんだろうか。そして、バンバン出ている固有名詞に揃って”エ”がついている。誰の名付けかは知らないが、きょうだいか? 


「ならん。まず、そなたの部屋に行くことを、エトール自身が望んでない」


 え? という顔をして、至近距離で振り向かれた。


 だからなぜこの人はいちいち顔が近い? 髪が揺れた時ほのかな香りが優しく舞い、つい心が乱される。


「わたくしの部屋に来るのは嫌なの? ここに居たいの?」


 問われたので、あわてて頷く。ここには居たくないが、彼女の部屋は間違いなく遠慮したい。


「なら、わたくしに約束してちょうだい。今後一切自分で自分の身体を傷つけたりしないと。まして命を断とうなどもっての外です。”約束します、母上”と言いなさい。そうしたら、部屋に連れ帰るのはやめておいてあげます」


 不意に彼女の角と目が光った気がする。それを目にしながらも、特に気に留めず、完全に気圧されたまま復唱していた。


「お、お約束します」

「”母上”も! ちゃんと呼びなさい」


(……えぇ……)


 そんな、見た目的な年齢としセレムと殆ど変わらないのに。


「エトール!」


 再度強めに促される。呼ばないと逃してもらえない雰囲気に、諦めて折れる。

「……ははうえ……」

 きゅっと胸を縛られる感覚を味わう。

 うわぁぁぁぁ、多分いま、俺真っ赤だ。どんな仕打ちなんだ、これ。


 そんな俺とは逆に、目の前の女性はそれは見事な笑顔を、その美貌の上にのせた。嫣然一笑えんぜんいっしょう。眩しいくらい、良い顔。


「これからもそう呼ぶのですよ? あなたはわたくしの愛しい息子だということを忘れるのではありませんよ?」

「……はい」


 なんだかもういろいろとかないそうもない。

 改めてそう呼ばされたことも、念押しの意味にも気が付かず、短いやりとりの内に、ただ膨大な疲労感を味わっていた。


「では、もう大丈夫ね? わたくしはこれで退室させていただきますわ。陛下、くれぐれも早く誤解とやらを解いてエトールをなだめてやってくださいませ。勘違いで死なれかけるなど、やるせないこと、この上ないですわ」


 彼女は立ち上がると、魔王に対し優美に腰をかがめて一礼し、すっと裾をひるがえして扉に向かった。俺もつられて立ちながら、思わずその背を呼び止める。


「あ、あの、さっき泣いてると言っていた……」


「エレメアのこと?」


「そのエレメアに、彼女のせいではないと、関係ないから泣くなと……」


「伝えましょう。まったく……、あなたがわたくしの部屋に来て、自ら言ってやれば良いのに。陛下、ひとまずエトールのことは譲りますけれど、今回の件については、後でゆっくりお話しくださいましね? あと、エトールはきちんと食べなさい。あなたは食べてないとすぐに絶望するのですから」


 なんて言われよう!

 いくらなんでも絶食で絶望まではしない。と、思う。いや、俺じゃなくてエトールのことだけど。

 彼女が部屋から出て、閉まった扉を見ながら嘆息する。


(台風のような女性ひとだった)


 何がどうとはうまく言えないが、とにかく魔王とは別の意味で迫力の塊だった。


 立ち尽くしていると、後ろから魔王に声を掛けられた。


「記憶がないせいで、まんまと誓わされていたな。エターフェ王妃は”約束”などと可愛い言葉を使っていたが、今のは魔族の元巫女による”誓約”だぞ? 素直に約を結んでいたようだが、もし誓いを破れば平伏して許しを請うような恐ろしい目に遭う。自傷には気をつけろよ?」


「!!」


(何だ、それ?! 先に教えろよ!!)


 思わずそう叫びそうになり、慌てて言葉を飲み込む。こいつは、そんな気安い口をきいてやるような仲じゃない。


――“誓約の術”を何の”媒介”も使わずにかけれるものなのか? それもあんな漠然とした簡単な言葉で?


 嘘だ、と思いたかったが、確かに胸を縛られる感覚はあった。あれは羞恥のせいなんかじゃなく、縛りの術の発動だったのか……。


 それにしても魔王と言い、その王妃と言い、どうして自分の子相手にホイホイ術を掛けてくるんだ。魔族の文化なのか? そうなのか?


「いまのお前にとっては悪い内容ではなかった故、好きにさせた。そうでなければ自ら死を選びかけた息子に、単なる口約束だけで引き下がる母親などおるまい」


(言われてみれば、そうかもしれない……けど、なあ!?)

 恨みがましく見たものの、魔王は気にも留めず穏やかに聞いてきた。


「それで、少しは落ち着いたか?」


(! 今の、魔王が言ったのか? 本当に?)


 聞いたこともないような、優しい声だった。


 驚くと同時に、自分の気持ちが嘘のように凪いでいることに気づいた。

 魔族に対する不信感が緩み、頭痛も胃痛も、いつの間にか消え去っている。

 更には、先ほどまで感じなかった別の想いで心中が満たされていることに戸惑い、疑問を覚えた。


「……”魅了チャーム”を使ったのか?」

「何の話だ」

「俺に対して”魅了”を掛けたかと聞いてるんだ」


 “魅了”は、成功すれば、初対面の相手はもとより、敵対している相手さえ味方だと思い込ませる魔術だ。警戒心を解き、親しい仲間だと錯覚させ、その心のうちに入り込んで情報を聞き出したり、操ったり出来る。


 魔王や魔族に対しての感覚が、自分の中で”敵意”から変化していることに対して、”魅了”を使われた可能性を推測した。


「仮に術を掛けたとしたら、お前なら気づいて即”抵抗レジスト”に持ち込むだろう。そんなものは使っておらん」


 確かに。その辺の素人ならともかく、俺なら気づくか? 

 さっきの”誓約”は、術の質が違うのか、まるで気づかなかったが。自信なくすなぁ。

 ひょっとして魔術じゃなくて特殊能力の類なのか……。何の”媒体”も埋め込まない”誓約”自体初めてだったし、魔族の巫女なんて存在、アトレーゼでは知られてない。


 でも“魅了”じゃないなら、この感情の正体はなんだ?

 自分を取り巻く魔族連中のことが、嫌いじゃないどころかむしろ……好き? 好ましいと思っている? まさか!


 不可解な”親近感”を訝しむうちに、それが身体の持ち主たる少年の、周囲に対する心情だと思い至った。

 肩の力が抜けるか何かして、彼の心のうちを感じ取れるようになったのか。それとも母親をそれははうえと呼んだことが意識の奥底に作用したのか。


 いずれにせよ、急に湧き出てきた子どもらしい率直な気持ちに触れて、嘆息する。

 さっき殺してしまわなくて本当に良かった。


(――仕方ないな)


「なぁ、魔王……。俺は素直に冥界に行くから、俺の魂を抜き去って、身体を元の持ち主に返してやってくれ」


「……それは出来ない」


(おまえ……! 俺はおまえの息子のために提案してやってるんだぞ。即座に否定とは、どういう了見だよ!)


 いささか憤りつつもそれを押し殺し、魔王をその気にさせるために尚も言葉を続けた。


「もう魔術の知識とかは諦めろよ。どうせ俺の持ってる知識なんて大したもんじゃないよ。俺は魔族に従う気はないし、第一、気の毒だろ、さっきの女性。王妃か? あの人、あんなに息子のこと大事にしてるのに、知らないうちに別人が入ってたなんて。妹だって可哀そうだ」


 今度は家族を巻き込んで落としにかかる。


 魂を放り込んだ時みたいに、今度は引きはがしてくれればいい。

 肉体がなくなる俺は現世に留まれないが、今ここに居ることの方がおかしいのだ。

 他人の生を邪魔しちゃいけない。


「それに……」


 チラリと魔王の様子を探ると、眼差しが思いのほか柔らかい。

 少しためらってから、先ほどからずっと感じ続けてる思いを話してやることにした。


「多分、こいつの感情だと思うけど、こいつ、父親のことすごい尊敬してるぞ? 憧れて、信頼してて。そんな風に慕ってる息子になんて真似してんだよ、と俺としてはののしりたくなるな」


「…………。そうか」


「今ならまだ半日くらいだし、大きな影響はないと思うんだ。まあさっき殺しかけたけど。未遂に終わったし、大丈夫。きっと夢でも見た程度に終わらせるよ」


 精一杯、俺が魔王の息子のためにフォローしてやってるというのに、肝心の父親が渋面を作っているってどういうわけだ?


 不審に思っていると、魔王がおもむろに口を開いた。


「……エトール……、その身体はお前のもので、お前以外には扱えない。その身体からお前の魂を抜き去ることは、そのまま身体の死も意味する」


「何言ってるんだ。おまえの本当の息子が、エトールってやつがいるんだろ? 魂が消滅したとかじゃないなら、俺を抜いて、そいつに身体を返してやれば事が済むと……」


「だから、誤解しているといった。返す返すとお前は言うが、エトールはお前自身だ、アトレーゼの魔術師。自分相手に何をどう返すつもりだ。

お前は今日いきなり魔族になったと錯覚しているようだが、違う。人間だった頃の記憶が突然戻っただけに過ぎない」


「……?」


「14年経っている。アトレーゼの勇者たちを迎え撃ち、お前の魂を奪ってから14年。余がエターフェのはらに魂を仕込み、王子として生まれてからは13年間、お前は余の元で育ち、過ごしてきた」

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