第480話 ドレスは女の戦闘服

「フェリス、お母さんを起こしてあげようか。結婚する瞬間に立ち会ってもらいたいでしょ? あと、せっかくの記念日になるんだから着替えなきゃ!」



「ハッ! そうね! お母様! 起きて下さいませ!!」



 呆然としていたフェリスに話かけると、慌てて公爵夫人の肩を揺すり始めた。

 次に私はレオカディオに向き直る。



「フェリスの婚約者も一旦帰って着替えるとか、両親に報告しなくていい?」



「そ、そうですね。フェリス、僕も支度をして来るよ。幸い君の心配をして両親も領都に来ているから一緒にね」



「ええ、待ってるわ」



 二人で甘い空気を撒き散らすと、レオカディオは公爵に会釈をして部屋から出て行った。

 あれ? そういえば部屋に居た侍女の人数がいつの間にか減っている。準備しに行ったのだろうか。



「賢者殿」「ハイハイ、これからフェリスが着替えるから殿方は出て行って下さ~い! リカルド、結婚承認が終わったらすぐ帰るから、それまで待ってね」



「ああ、わかった」



 私に話しかけて来た公爵に気付かないフリして、部屋から追い出す。

 リカルドはやっぱりこうなったか、と言わんばかりの苦笑いを浮かべて部屋から出て行った。

 公爵がリカルドに絡まないかちょっと心配だけど、リカルドなら適当にあしらう事も可能だろう。



「お母様、気が付かれました? アイルが妊娠時期を誤魔化せるように、今すぐ結婚させてくれる事になりましたの! 今サントスが結婚証明書を教会に取りに行っていますわ」



「えっと……、それは賢者様が司教様の代わりに立ち会い証人になって下さるという事かしら? ………………今すぐ!?」



 目を覚ました公爵夫人にフェリスが説明すると、少々ぼんやりしたまま状況を確認するように口に出し、カッと目を開いた。

 その顔がちょっと怖かったのは内緒だ。



「ええ、ですからお母様もお召し替えをしませんか? 今日が記念日となりますもの。レオも一度屋敷に帰って着替えて来るそうです、ご両親と共に」



 ご両親と共に、と聞いた途端に公爵夫人はベッドから飛び降りる勢いで立ち上がった。



「こうしてはいられません。フェリス、最上級のドレスに着替えるのですよ、プエルタ伯爵夫妻がいらっしゃるのでしたら手を抜いてはなりませんからね」



「はい、記念日にふさわしく着飾りますわ!」



 フェリスは幸せそうに返事したが、公爵夫人の目は戦いに臨む者の目だった。

 格下の家にあなどられてはならないという、上位貴族のプライドなのかもしれない。



 公爵夫人が部屋から出て行くと、あれよあれよという間にいくつかのドレスが運び込まれた。

 公爵家のデキる侍女はレオカディオから衣装の色合いを聞いてきたらしく、白に青系の差し色の入った大人可愛いドレスを薦めていた。

 公爵家の侍女達により、一時間も経たずにフェリスの支度が整った。



「わぁ! フェリス、凄く綺麗だよ! とっても似合ってる!」



「ふふっ、ありがとうアイル。次はアイルの番ね」



 フェリスがそう言うと、左右から肩と腕を優しく、しかし逃げられない強さで侍女達に捕まった。



「へ?」



「わたくし達が着飾っているのに、証人となるアイルがそんな冒険者の格好ではおかしいでしょう? わたくしが従姉のブライズメイドをした時の衣装ならアイルも着れるはずですわ」



 そういえばブライズメイドって欧米の文化だから、賢者アドルフが広めていてもおかしくないのか。

 確か幸せな花嫁を悪魔が嫉妬するから、同じデザインの服を着る事で悪魔を惑わせて花嫁を守るんだっけ?

 て事は、かなりウエディングドレスっぽいんじゃないの!? 



 そんな事を考えている間に、私はサクサクと脱がされてコーラルピンクのシルクオーガンジーのふんわりしたドレスを着せられた。

 ギリギリ下着が見えないくらいだけど、胸元と背中が空いている。

 そして侍女達の手によってサイズの調整がされ始めた。



「やっぱり十歳の時の物だと、アイルは胸がある分前の裾が上がってしまうわね。だけどコルセットを着けなくていいから楽でしょう? ……アイル?」



 バランスを取る為に後ろの裾の長さを調整されながら、私はうつろな目になっていた。

 うん、わかっていたよ。私とフェリスだと身長差あるもんね、だから昔の服って事くらい覚悟していたけど十歳なんだ……。

 当時のフェリスより私の方が胸があるという事実だけが私を支えていた。じゃなきゃ膝から崩れ落ちていたと思う。



「あ、うん。子供服だから可愛い感じなんだね」



「成人した他の従姉も同じようなデザインだから子供っぽくは無いでしょう!?」



 私の虚な目に気付いたのか、フェリスは慌ててフォローした。

 しかし同じデザインであって、同じデザインじゃないんだね。

 いいんだ、オーダーメイド以外は私の身長だと子供服しか無いって知ってるもん。



「ネックレスは服の中に着けていらした物でも合いますね、このままにされますか?」



 髪を結い上げながら尋ねる侍女に頷く。



「うん。色々魔法が付与されてるからいつも着けてるの」



 エドがプレゼントしてくれたネックレスはお値段的にもドレスに負けない上、魔石の色味も紫なのでコーラルピンクのドレスでも合うのだ。

 化粧もほどこされて支度が終わると、フェリスは目を輝かせた。



「まぁ! こうして見るとアイルが成人してるって納得できるわね! とても似合っていてよ。そのドレスはもう着ないからアイルにあげるわね」



 それって今までは成人に見えて無かったって言ってるという事に気付いているのかな?

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