第481話 サントスの反省
『お嬢様、賢者様、結婚証明書を持って参りました。入ってもよろしいでしょうか?』
家令のサントスが戻って来たようだ、もしかして自分で取りに行ってたのかな?
フェリスと私の準備で一時間以上かかってるから、証明書を教会から持ち出すには面倒な手続きがあるのかもしれない。
「いいわ、入ってちょうだい」
「お待たせ致しました。賢者様、こちらが結婚証明書です」
フェリスの返事でドアを開けたサントスの背後には、明らかに教会関係者とわかる二人が居た。
しかしサントスは、まるで自分一人しかいないかのように振る舞っている。
それなら私だって二人はいないものとして行動しちゃうもんね。こちらから聞いたら負けというやつだ。
「ありがとうサントス。アイル、これはあなたに預けておけばいいかしら?」
「そうだね」
コクリと頷くとサントスは結婚証明書を私に手渡した。
そしてなぜかそのままジッと見つめられている。
コテリと首を傾げると、サントスは満足そうな笑みを浮かべた。
「賢者様は着飾ると印象が随分と変わりますな。その装いですと貴族令嬢だと言われてもすんなりと信じられますね、とてもお似合いですよ」
なるほど、さっきまでの冒険者スタイルだとフェリスの側にいるのに相応しく無かったってところかな。
やっぱりタリファスは選民意識が強めなようだ。
「それはどうも。そういえばフェリス、結婚証明書はどこでサインする? フェリスの部屋に皆集まってもらうと人数的に大変じゃない? 親戚とか他の貴族がいないんだから、普段お世話してくれてる侍女の皆さんにも証人として立ち会ってもらったらいいと思うの」
「いい考えね! サントス」
「はい、それではすぐに手の空いている者はサロンへ集まるように言いましょう。お嬢様、賢者様、サロンでお待ちしております」
サントスの褒め言葉はサラリと流して、フェリスに証人の提案をすると、すぐに賛同してくれた。
サントスは優雅に一礼すると部屋から出て行った、教会関係者の二人も一緒に。
「…………あの二人は何だったんだろうね?」
「ああ、クルス司教様とイスマエル司祭様ね。領都で一番大きな教会にいらっしゃるお二人よ。いつもならすぐにお声をかけて下さるのに、今日は一体どうしたのかしら……」
[side サントス]
「おや、お二方は賢者様とお話をされなくてよかったのですか?」
お嬢様の部屋を出て、教会から同行されている司教様と司祭様を振り返る。
お二人は賢者様に言われて結婚証明書を取りに行った時、顔見知りのシスターに理由を聞かれた。
普段祈りを捧げに来る時は私服だが、今回は公爵家の家令とわかる紋章入りの服だったせいだろう。
通常高位貴族であれば教会で結婚式の時に署名するので、公爵家が結婚証明書を持ち出すのは不自然だと思ったそうだ。
どうせなら今の内にお嬢様が結婚するという事実が少しでも広まればいいと思い、シスターに賢者様が公爵家に来ていて、交流のあるお嬢様の結婚証明書への署名を取り仕切って下さるというから先に証明書だけ必要だと説明した。
賢者様の事は教会本部から全ての国の教会と王族に知らされている。
私も旦那様から耳を疑うような賢者様に関する情報を教えていただいたのだ。公爵領都の主教会であれば確実に情報は伝わっているだろう。
予想通り私の話を聞いたシスターは慌てて司教様に知らせに走った。
長い付き合いだが、シスターが走る姿を見たのはこの時が初めてだ。
そして立ち合いたいだけなのでいないものとして扱ってくれればいいとおっしゃって同行されている。
「イスマエル司祭は賢者様を教会本部へとお連れしたカリスト大司教と以前から交流がありましてな、賢者様のお人柄に関して色々聞かされ……いえ、教えていただいているのです。見たところ今は行動すべき時では無いと判断しました」
クルス司教様は自慢の白い顎髭を撫でながらそうおっしゃった。
この方は心を読んでいるのではないかと思う程に観察眼が鋭い、きっとその判断は間違って無いのだろう。
それにしても賢者様の人柄か……、私としてはあまりいい印象は無い。旦那様に対しても敬意を払う素振りすら見せず、挨拶すら拒否したのだから。
まぁ、お嬢様に対してはお優しいようだし、結婚証明書の事など助けていただいているので感謝はしているが。
「賢者様のお人柄とはどのような……?」
上手く取り入れば今後も公爵家として交流が可能だろう、賢者様との繋がりを持つためにも人柄を知っておいた方がいいだろう。
パルテナから共に行動したカルロは底意地の悪い人物だと言っていたが。
「そうですね。あの時は軽く聞いたつもりが四時間程になりまして、ほぼ賛辞でしたが要約すると身分を笠に着るような人物を嫌悪される上に悪意に敏感で、下の者を思いやる人物であれば
イスマエル司祭様の話を聞いて目の前が暗くなった気がした。私は初手から対応を誤っていたのだ。
恐らく賢者様が私に対してキツい物言いをした理由は、お嬢様より旦那様を優先した事と、ロレンソに対する態度だろう。
カルロが賢者様の事を底意地が悪いと言ったのは、カルロの態度のせいなのは容易に想像がつく。
あの時はカルロもまだ賢者様だと知らなかった上、下位貴族というコンプレックスから元々平民であるロレンソ達にも私以上に高圧的に接していたからな。
貴族として、公爵家の家令として間違った行動ではないと自負しているが、来客に合わせて臨機応変に対処できて一流というものだ。
お二人をサロンへとご案内し、私は簡易的とはいえ結婚式としてできるだけ相応しくなるよう最善を尽くすために準備を急いだ。
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