第478話 引き篭もりの理由

『新婦は悪阻つわりの症状を末期の胃がんになったと思い込み、泣きながら遺書を書いたという微笑ましいエピソードがあります』



 結婚式の友人代表のそんなスピーチに事情を知っていた友人の私達は笑ったが、当然ながら親戚席の皆さんは騒ついた。

 スピーチした本人曰く、「微笑ましいって言い張れば遺書って言葉使っても大丈夫だと思って。こんな面白いエピソードは皆に知ってもらわないとね!」だそうだ。



 つまり、フェリスは妊娠していた。

 もしかしたら大お婆様とやらは胃がんで亡くなったのかもしれない、確かその時の新婦である友人も祖母を胃がんで亡くしていて吐き気や食欲減退で勘違いしたんだと言っていた。



 心当たりがあるなら、まずは妊娠を疑うのが普通だろう。そう皆にツッコまれて悔しそうにしていたが、悔しがる権利は無いと思う。

 何が「遺書って本当にお父さん、お母さん、先立つ不幸をお許し下さいって書くんだね……」だ、あの時はお腹を抱えて笑わせてもらったよ。



「フェリス……、あなたは死にません。おめでとう、お母さんになるんだよ」



「え?」



 フェリスが瞬きして落ちた雫を最後に、涙が止まった。そしてフェリスの動きも止まった。



「心当たりがあるでしょう? まさか婚約者以外との子供じゃないよね?」



「そっ、そんな…っ。あの、でも、確かにレオとは……あっ、レオっていうのは婚約者のレオカディオの事なの。四つ歳上で、とても凛々しくてたくましくて、わたくしと会えなくてもほぼ毎日お見舞いに来て下さるくらい優しくて……」



 そう言って頬を染めるフェリス、さっきまでの涙はどうした。



「皆~、入っても良いよ~! 問題解決したから~!」



 片手をメガホン代わりにして扉に向かってそう言うと、ドドッと人が雪崩れ込んで来た。

 てっきり侍女とロレンソとリカルドだけが入って来るかと思ったら、誰かが呼んで来たのかクロードと恐らく母親であろうフェリスによく似た女性も一緒だった。



「フェリス! 治ったのね!? 賢者様、ありがとうございます! なんとお礼を言ったら良いか……」



「お母様……」



 フェリスを抱き締めハラハラと涙を流す公爵夫人に、フェリスは凄く気まずそうにしている。

 でしょうね、これだけ心配させた挙句、貴族令嬢にあるまじき婚前交渉による妊娠だもん。



「よく顔を見せてちょうだい、こんなにやつれて……。食事はできる? もう治ったのでしょう?」



「それがその……、まだ気持ち悪くて……」



 鑑定によると四ヶ月目、あとひと月もすれば安定期で大抵は悪阻はおさまるはずだ。

 しかし公爵夫人は私をキッと睨んだ、クロードも険しい顔をしている。



「どういう事ですの!? 問題は解決したとおっしゃったでしょう!? わたくし達を騙したのですか!?」



「いいえ、フェリスが引き篭もるという問題が解決しただけで、私は何もしていません。夫人、あなたはこれまでひと月以上吐き気に悩まされた事はありませんでしたか?」



「吐き気? …………ッ! ま、まさか……」



 私の問いかけに訝しげな表情を浮かべる公爵夫人、しかし思い当たったのか目を見開いて私とフェリスを交互に見た。



「はい、おめでとうございます。お・ば・あ・さ・ま」



「はぅ……っ」



「母上!?」



 私がにっこり微笑んで祝辞を述べたら公爵夫人は声を漏らして後ろに倒れた、幸い後ろに立っていたクロードに受け止められたけど。



「どういう事ですか? おばあさまって……、まさか……」



 妻子持ちゆえにピンと来たらしいロレンソがフェリスに視線を向けると、フェリスは赤く染まった顔をシーツで隠した。



「とりあえず公爵夫人を寝かせてあげようよ。『身体強化パワーブースト』、すぐに目を覚ますだろうからフェリスのベッドに寝かせるね、そこの侍女さん靴だけ脱がせてもらえる?」



「はいっ」



 公爵夫人がクロードにバックハグ状態で支えられたままだったので、抱き上げてフェリスのベッドに寝かせてあげた。

 だってクロードもロレンソも戸惑ってばかりで動かないんだもん。



「さて、一旦フェリスには身支度を整えてもらおうか。それとも先に食事にする?」



「み、身支度をしますから殿方は出て行って下さいませ!」



 私の言葉にハッとして自分の状態を見たフェリス、やっと落ち着いた顔色を再び赤く染めて叫んだ。



「それでは我々はクラウディオ様のお部屋で待機してましょうか」



「ああ……、そうだな。支度が終わったら呼んでくれ」



 ロレンソの提案に頷いたクロードは、ロレンソとリカルドを連れて部屋から出て行った。

 

 

「お風呂に入っていたら時間か掛かるもんね。『洗浄ウォッシュ』……これでヨシ、あとは着替えて髪を整えてもらえば良いよ」



「まぁ! 凄いわ、一瞬で綺麗に……!」



「お嬢様、綺麗なだけじゃなくとても良い匂いがしてますわ」



 フェリスだけじゃなく侍女も興奮して匂いを嗅いでいる。



「それにしても妊娠したら腰のあざが変わるはずなのに、誰にも気付かれなかったの?」



「それはパルテナに向かって以降、ずっと一人で入浴していたから見られる事も無かったの。考えてみれば、これまで通りにお世話されていたらこんなに悩まずに済んでいたのね……。子供が出来たらこんなに気持ち悪くなるなんて誰も教えてくれなかったから、てっきり大お婆様と同じ病気だと思い込んでいたわ」



「それは仕方ありませんわ、お嬢様。貴族は体調不良など表に出さないように教育されておりますし、隠せないのであれば人前に出ませんもの。妊娠については結婚してから教わるものですし……、実際わたくしも結婚してから教わりましたから」



 二十代に見える侍女がフェリスを着替えさせながら言うと、フェリスは気まずそうに目を泳がせた。

 そうだろうね、だってこの侍女もさっき公爵夫人と一緒に倒れそうになってたもん。

 公爵が妊娠を知ったら一悶着ありそう……。



◇◇◇


拙作をお読み頂きありがとうございます!

今回の冒頭のお話は実話です、この時の新婦にはネタにする許可を以前から貰ってあるのでご安心下さい。

スピーチ内容に関しては作者なのでそちらも問題ありません。(`・ω・´)キリッ

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