第476話 ボルゴーニャ公爵領

「ふわぁ~、やっと到着したねぇ。だけど公爵領ってどっちに向かえばいいんだろう」



 トレラーガを素通りした三日後、無事に船でタリファスに到着していた。

 昨日は夕方に港町エトレンナに到着して、宿屋に一泊してからすぐに船に乗れだのだ。



「それなら俺が知っているから問題無い、これでも一応タリファスの貴族だったんだからな。ロレンソには到着する予測時間を伝えてあるから公爵領都で待ち構えているかもしれないぞ」



 さすがリーダー、仕事のできる男。もしもリカルドがシドニア男爵領を継いでいたら、結構発展していたんじゃなかろうかと思う。

 本当にそうなったら嫌だから絶対口には出さないけど。



「そういえばロレンソってまだクロードの護衛騎士してるのかな?」



「恐らくそうだろうな。一度護衛騎士を決めたら余程の事が無いと変えたりしないし、フェリシア嬢の異変がすぐ耳に入るのもクラウディオ様の側に居るからだろう」



「そっか。考えてみれば他国にまでついて来てくれた騎士だもんね、しかも出会ったすぐの我儘わがままな頃から耐えてたんだもん、信頼するのも当然だよ。だけど我儘じゃなくなったフェリスが閉じ籠るなんて心配だなぁ、今から公爵家に行っても夕方に間に合うかな? さすがに夜に訪問する訳にもいかないだろうし」



「う~ん、馬を走らせればギリギリといったところか。公爵領都に入る分には間に合うが、確か王都に匹敵するくらい大きかったはずだから屋敷がどこにあるかによっては微妙かもしれないな。縁が無かったから公爵家の屋敷には行った事は無いんだ」



「とりあえず、できるだけ急ごうか。リカルドが先に行ってくれればついて行くから、時々振り返って私がちゃんと後ろに居るか確認してね」



「ククッ、馬の足音だけだとちゃんとアイルが乗っているかわからないからな」



「落馬なんてしないもん! 何だか皆と離れてから段々リカルドが意地悪になってない!?」



 ニヤリと笑ったリカルドに抗議した。せっかく意地悪を言うホセとエリアスが居ないのに、なんだかその分リカルドが意地悪になってる気がする。二人よりはマシだけど。



「ははは、いつも言い合っている二人が居ないから寂しいかと思って真似をしてみただけだ」



「そんなのいらないよ!」



 笑いながら馬を走らせるリカルドの後を頑張って追いかけた。

 もしかして寂しいと思ってるのは私じゃなくてリカルドだったりして……。仕方ないなぁ、中身は私の方がお姉さんだから気付かなかった事にしてあげよう。



 ボルゴーニャ公爵領には行った事が無くて転移魔法は使えない為、ひたすら頑張って馬を走らせた。

 転移魔法にはどうしても行き先のイメージが必要なのだ。



 リカルドは時々振り返って私がついて来ているかちゃんと確認してくれてたが、そのたびにニヤリと笑うのはどうかと思う、落馬なんかしないもん。



 スライムシートが無ければもっと休憩が多くて今日中に到着しなかったかもしれないが、夕方にはリカルドの「見えたぞ」のひと言が聞けた。

 馬で駆けていた街道が途中から石畳で舗装されていて、その先に見えた公爵領都は質実剛健という言葉がぴったりだった。



 無駄な装飾は無いけれど、攻め入る者があれば鉄壁の守りで退けそうな重厚な外壁。

 門からほど近い場所にある形こそ屋敷っぽいが、城と呼びたくなるような大きく立派な建物。

 小さな村ならあの建物の中にすっぽりと収まってしまいそうだ。



「公爵家がどこにあるのか聞く必要は無さそうだな。ボルゴーニャ公爵領は地図で場所しか知らなかったが、こんな造りだったとは……。とりあえず領都に入ろうか」



「うん、すぐにフェリスに会わせてくれるといいんだけど……」



 夕方とはいえ、冬で陽が落ちるのが早いせいか門に幸い並ぶ人は少なかった。

 ウルスカならこの時間でも結構並んでるのになぁ、見た感じ冒険者が少なそうだ。



「ねぇ、リカルド。なんだか冒険者が少ないと思うのは気のせい?」



「いや、気のせいじゃないぞ。考えてもみろ、この領都に公爵家の騎士団が居る上、周辺に魔物が出る森や山が近くに無いだろう? この辺りの冒険者は殆ど護衛で稼いでいるからウルスカに比べたらかなり少ないはずだ」



「そっかぁ、確かに領都の防衛って意味じゃ騎士団が居れば問題無いもんね。あれだけ大きいお屋敷だもん、騎士団の規模も大きそう……」



「そりゃあボルゴーニャ公爵家はタリファスの二大公爵家の」「リカルド! 賢者様!」



 門前の列に並んで話していたら、私達を呼ぶ声が聞こえた。門から飛び出して来たのはクロードとフェリスの護衛をしていたロレンソだ。

 あの時と違って公爵家の騎士団が装備していた甲冑を纏っているが、私達を見てホッとしたというか、泣きそうな顔をした。



「久しぶりだな、今から公爵家に行っても問題無いか?」



「当然だ! むしろ連れて行かなかったら俺の首が飛んでもおかしくないぞ。フェリシアお嬢様はあれからずっと部屋に籠ったままで食事も殆どされないんだ。賢者アイル様、どうかフェリシアお嬢様をお助け下さい!」



 ロレンソは馬から降りると、ひざまずいて頭を下げた。



「ちょ、ちょっと、こんなところでやめて! それに賢者様なんて呼ばないでよ、前みたいにアイルって呼んでくれたらいいから!」



 私が慌ててそう言うと、ロレンソは苦笑いして立ち上がった。



「……はは、わかった。それじゃあアイル、あの時みたいに賢者の叡智えいちでお嬢様を助けて欲しい」



「もちろん。私に解決できる事なら全力を尽くすよ、その為にここまで来たんだからね」



 真剣な顔で私をまっすぐ見つめるロレンソに、私は力強く頷く。

 そして私達すぐに、貴族用の門から公爵家へと急いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る