第469話 セゴニアからの使者

『賢者アイル様、並びにリニエルス伯爵です!』



 謁見の間の扉の前に立つと、中から名前を呼ばれた。

 カマエルとタミエルは時間差で呼ばれるらしく、既に扉の近くに待機している。



 広い謁見の間の扉が開かれ、ガブリエルは私に手を差し出し微笑んだ。

 反射的に差し出された手に手を重ね、中央の赤い絨毯の上を進んで玉座に座る王様の前に向かう。

 左右には大臣達や護衛騎士が並び、王様の近くには久しぶりに見る成長した王太子、反対側にも久しぶりに見る姿が。



 騒つく大臣達とは違い、私にもガブリエルにも大した関心を見せないターコイズブルーの髪と瞳のエルフ。

 名前は……え~っと、女性はアリエルなのは覚えてるけど、こっちは確か……。そうそう、ハニエルだ!



 思い出してスッキリした。アリエルに軽くあしらわれて凹んでた、エルフには珍しい恋愛脳の持ち主だっけ。

 大氾濫スタンピードの時に会って以来だね。



「賢者殿、リニエルス伯爵、よく来てくれた。エルフの里より王家に仕えてくれる者達を連れて来たと聞いたが」



 公式の場なせいか、王様は夜会の時に比べてかなり他人行儀な態度だ。



「はい陛下。一人は長らく空席となっていた宮廷魔導師として、もう一人は魔導具研究の為に私の助手として紹介したいと思います」



 ガブリエルがそう言って振り返ると、先程私達の名前を呼んだ男性が高らかに二人の名を呼ぶ。



「カマエル様、並びにタミエル様です!」



 私達が通った後に閉じられた扉が再び開き、カマエルとタミエルが入って来た。

 二人はガブリエルと体格がほぼ変わらないので、ガブリエルの衣装を借りている。



「二人共よく来てくれた、これからよろしく頼む」



「「はい」」



 昨夜の内にガブリエルが二人に挨拶や受け答えの仕方をレクチャーしていたが、どうやら大丈夫のようだ。

 エルフの里で長老達にも対等に話していたからちょっと心配したけど、安心したよ。



 謁見の後、何故か別室へと案内された私達四人。そこでお茶を飲んでいたらハニエルがやって来た。

 そしてソファのひとつに腰を下ろすと、相変わらずの態度で話し始める。



「久しぶりだな。セゴニア王がどうしても行けと言うので会いに来たんだ、エルフの里から新たにやって来る者がいるから同じエルフとして勧誘して来いという事だろう。しかしアリエルと我の邪魔をされたくは無いから来なくて良いからな。賢者アイル、お前もだ。とりあえずこうして会ったという事実があれば、どうとでも言えるというものだ。その為にパルテナ王に勧誘はしないから、お前達と話せるようにと内密に交渉したのだ」



 そこまで話すとハニエルはもう話す必要は無いとばかりにソファに身を沈めた。

 相変わらずアリエルの事しか考えていないようだ。もしかして、使者としてパルテナに来たせいでアリエルと離れる事になって機嫌が悪いのかな?



「お前は相変わらずアリエルに執着しているのか」



 カマエルがハニエルに呆れの視線を向けた。



「ん? カマエルとハニエルは知り合いなの?」



「知り合いも何も、同じ里の者だからな」



 アッサリと知らされる驚きの事実。



「そうなの!? だって、自分の事『我』だなんて言う人は里に居なかったし、違う環境で育ったのかなぁって……」



「ああ、それは我らも悪かったのかもしれないな。ハニエルは約百年ぶりに生まれた子供でな、皆で可愛がり過ぎて十年と少しした頃に尊大な態度をとり始めたが、皆が面白がってそれを受け入れたのだ」



 そう言ってタミエルは懐かしそうに目を細めた。

 え? 何!? という事はハニエルの一人称って厨二病の果てに固定されちゃったやつなの!?

 ダメよアイル、ここで吹き出したらハニエルの心に大きな傷跡を残す事になっちゃう。



「アイル? どうしたの?」



 笑いをこらえてプルプルしている私を、ガブリエルは心配そうに覗き込んだ。

 とりあえず落ち着こう、…………ふぅ。気持ちを切り替えて気になる事を聞いておかなきゃ。



「なんでもない。それじゃあアリエルも同じ里なの?」



「いや、アリエルはもうひとつの里出身だ。エルフは大体百年から二百年に一度は転移魔法陣を使って交流をするのだ。あの日アリエルを初めて見た瞬間を我は忘れ「こうなったら長いから放っておいて良いよ、私はもう内容を暗記するくらい何度も聞かされたし。結局はアリエルと一緒に居たいからって、里を出たアリエルを追いかけてセゴニアに居着いたって事だから」



 語り始めたハニエルをさえぎり、ガブリエルが結末だけ教えてくれた。

 どうやらアリエルとの出会いを周りに語る常習犯らしい。



「今回の使者としての役目も、本来ならアリエルが来ていたはずだ。どうせ我らに会わせたくなくて自分から名乗り出たのだろう、特にアリエルとガブリエルは歳も近いからな」



「へぇ、カマエルもアリエルを知ってるの?」



「私とタミエルも交流の時に向こうの里へ行ったからな。ガブリエルはこの大陸から出た事は無いが、それなりに年嵩としかさの者は転移魔法陣で向こうに行った事があるぞ」



「もうひとつのエルフの里って他の大陸にあるんだね。教会本部の周りにある広大な森なら、あったとしても探すの大変そうだったけど」



「エルフの里同士は転移魔法陣を使うから、陸路だとお互いどこに里があるのか知らないんだ。たぶんウリエルなら知ってるとは思うけどね。あとはサブローも知ってたはずだよ、私達の里から転移魔法陣で向こうの里に行って移動したらしいから」



「えっ、いいなぁ。私も一度もうひとつの里へ行ってみたい、サブローの面白い逸話とかあったら聞ききたいし」



 ガブリエルから更に詳しく聞こうとしたら、ノックが聞こえてハニエルの為のお茶を持って来た侍女が現れた。

 侍女が居る間、ハニエルは当たり障りの無いエルフの里の近況報告を聞いていたが、侍女が下がると態度を変えた。



「よし、これで証人が出来たな。このお茶を飲んだら私は帰る」



「へ?」



 訳がわからず間抜けな声が漏れてしまった。



「今の侍女はきっとセゴニアからの密偵に、私達がここで話をしていたという情報を引き出されるはずだからね。さっきハニエルが言った『引き抜きの為の勧誘をしていたと思われる行動』の証拠になるって事さ。これで勧誘したけど失敗したって言い訳が出来るでしょ?」



「そういう事だ。もう二度と会わなくても良いが、元気でな」



 ガブリエルの説明をハニエルは肯定し、まだ熱いはずのお茶を飲み干すと、少しだけ柔らかく微笑んで部屋から出て行った。

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