第420話 打ち上げ花火は儚い

 シュッと襖をスライドさせる音がして視界に入って来たのはテニスコート半面分くらいありそうな広々とした畳敷きの部屋に鎮座する天蓋付きベッド。

 その上にはこちらを向いて上半身を起こしている一瞬枯れ木かと思うくらいシワシワのお爺ちゃんかお婆ちゃんかわからない無表情の人が1人と、両脇にこれまた無表情の美中年の男女。



 長老達は男性1人に女性2人って言ってたから、ベッドの脇に男性が居るって事はベッドの上に居る人は女性か。

 さっきのはこの男性の声だったみたい、男性に視線を向けるとふわりと優しい微笑みが私に向けられ、胸を撃ち抜かれた気がした。



 見た目は30代半ばで本当に長老なのかと言いたくなる程若々しい、瑠璃色の艶やかなストレートヘアを背中で三つ編みにしていて、同じく瑠璃色の知性をたたえた瞳。

 エドにこの落ち着きがあったら多少変態でも籠絡されてたかもしれない、そんな見本がここに居た。



「おかえり子供達。久々のお客さんで賑やかになりそうじゃないか」



 何だか凄く気恥ずかしくなって思わずおじいちゃんの背中にくっついて隠れた。



「どうしたアイル?」



「な、なんでもないの…、ちょっとおじいちゃんにくっつきたくなっただけ」



 ガブリエル達が挨拶を交わしている間にコソコソと小声で話す。



「皆、ベッドに居るのがこの里で1番長生きのイェグディエル様、右に座ってるのがサリエル様、左がミカエル…私のだよ。お三方、ここに居るのはここまで護衛としてついて来てくれた冒険者の友人達です。1人は冒険者ではなく友人の家族ですが。黒髪のアイルは4人目の賢者で…」



 え………?



 そ…祖父…!?



 ガブリエルが口にした言葉を理解した瞬間私は膝から崩れ落ちた、私達の事を長老達に説明している様だが頭に入って来ない。

 一目惚れから失恋まで1分も無かったなんて花開いた瞬間消える打ち上げ花火か!

 久々に胸が高鳴るという経験をしたというのに。



「おい、大丈夫か!?」



「う、うん、大丈夫…、きっと大丈夫…、傷は浅いよ…」



 私がいきなり崩れ落ちたので驚いたホセが腕を掴んだ、ヨロヨロとおじいちゃんの服にもしがみついたまま立ち上がろうとしたが、膝に力が入らなくてカクンと床に膝をつく。

 やっと心的外傷トラウマから脱却したかと思った瞬間に受けたダメージは思ったより大きかったらしい。



「疲れたのか? しょうがねぇなぁ、背負ってやるから乗れ」



「うん…ありがとうホセ」



「どうされた?」



 しゃがんでくれたホセの背中によじ登っていたら気遣わしげな声が掛けられた、ガブリエルの祖父であるミカエルだ。

 長老だもん、そりゃ独身な訳無いよね…。

 ガックリ来たので対応は皆に任せ、身体の力を抜いてホセの背中に身体を預ける。



「どうやら疲れたみたいだ、あの崖で固まってたもんな」



「ああ、あそこは慣れぬ者には大変だったろう。休める様にすぐ部屋を準備させようか」



「あ、お祖父様、母さんがアイルを待ってるんだ、ウチに泊めるんだって張り切っていたし」



「しかしお前達の家では全員は泊まれぬだろう? 東の対屋たいのやならば問題無かろう、ラティエルには遣いを出しておくから安心しなさい」



 対屋ってアレか、渡り廊下で繋がった両側の家の事だよね。

 ホセの背中でぼんやりそんな事を考えていたら、衣擦きぬずれの音と微かな話し声が聞こえた。



「…。……、………」



「え? いえ、そんな事は…」



「………、………」



「しかし…、はぁ、承知しました」



 どうやらベッドの上に居るイェグディエルがミカエルに話をしている様だ、イェグディエルの声が小さ過ぎて何を話しているかわからないが、ホセの耳には聞こえているのだろう、何やら笑いを堪えるかの様に肩が震えている。

 


「何? どうしたの?」



 小声で聞いたが、ホセはニヤニヤと笑うだけだった。



「お嬢さん、すまないがこちらに来てもらえるだろうか。イェグディエルが顔をよく見せて欲しいと言っているんだ」



「は、はい」



 不意にミカエルに話しかけられて慌てて頷く。

 なるほど、私の話をしていたからホセはニヤついていたのか、だけど顔が見たいって言ったくらいでニヤニヤするかなぁ。

 ホセは私を背負ったままベッドの横に移動した。



「ベッドに座らしゃいいか?」



「うむ、その方が近くで顔が見られるだろう」



 言われてホセは背中に居た私をヒョイとイェグディエルの隣に並ぶ様に座らせた、普通は縁に座らせるものじゃないの!?



「えと…、初めまして、アイルです」



 イェグディエルと目が合い、反射的にへらっと愛想笑いをして名乗ると頭を撫でられた。



「可愛らしい子だね、死ぬまでにまた子供を見られて嬉しいよ。エルフの子供を見られたのなら更に嬉しかったけどねぇ…。ガブリエルのお友達だって? 数年後で良いからガブリエルの子を産む気は無いかい? 里に帰って来たところを見るとレミエルの事は受け入れ無かったみたいだし、私の寿命はもう百年も無いだろうからねぇ…」



「残念だけどガブリエルは友達であって恋人じゃないから…」



 イェグディエルの声は小さいけど、結構おしゃべり好きの様だ。

 私の寿命も百年無いと思います、そんな言葉を飲み込んでショックを与えない様にやんわり断る。

 それにたった今失恋したから無理ですなんて言えないもんね。

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