第373話 最初の宿屋

「じゃあ先にビビアナ達の食事置いてくるね『転移メタスタシス』」



 今朝出発したばかりのウルスカに本日2度目の帰宅をする私。

 宿屋で部屋を取る時、エドが反対されるってわかってるのに私と2人部屋が良いって言ったり、ホセと私が同室になるのはダメだと言うものだから結局エドが1人部屋、私とエンリケとリカルドが3人部屋、ホセとエリアスが2人部屋という事になった。



 私が男と2人部屋になるのも嫌って言うから3人部屋になったのだ。

 ホセと2人部屋だとモフるかもしれないけど、エドが心配する様な事にならないと思うんだけどなぁ。

 そんなこんなで既にちょっと疲れてしまった、2階に向かって声を掛けてから食堂のテーブルに食事を並べる。



「えーと、ご飯は魔導炊飯器があるからビビアナでも問題無いでしょ、ほうれん草のキッシュと鶏ハムと温野菜、あとはコーンスープで良いかな。このメニューならパンの方が良いか…」



 魔導炊飯器をストレージに放り込んでロールパンと食パンを並べ、おかわり用のコーンスープを寸胴鍋から小鍋に移し替えて再び転移した。

 顔を合わせずに食事の準備をして消えるなんて、私ってば家事妖精みたい。



「おかえり、何を笑ってるんだい?」



 宿屋の3人部屋に戻った私の顔はどうやら笑っていた様だ、エンリケに指摘されて両頬を押さえる。



「ただいま、私今笑ってた? 姿を見せずにビビアナ達の食事を準備する私が家事妖精みたいだなぁって思ったら楽しくなっちゃったの、ふふっ」



「家事妖精って何だ?」



 リカルドが首を傾げた、どうやらこの世界に家事妖精は存在しないらしい。



「家事妖精はね、こっそり家の事を手伝ってくれる妖精なの。だけど姿を見せる事はまず無くて、さっき戻った時は2階に声を掛けただけで食事の準備してすぐに戻ってきたの、顔を合わせてないから声をかけて無ければいつの間にか食事の準備が出来てたって事になるでしょ? あくまで言い伝えで実在は確認されてないんだけど、向こうの世界だとドラゴンもエルフも獣人も空想の産物なんだから妖精だってどこかの世界にいるかもしれないと思うの」



「妖精っていなかったけ? いたと思うんだけど…」



「えっ!? エンリケ、それ本当!?」



「う~ん、子供の頃に誰かから聞いた気がするんだよね。どこかに妖精が住んでてそこに行けば会えるけど、普通の人間は行けないって…」



「なんだ、行けないのかぁ…」



「アイルは女神の化身なんだから普通の人間とは言わないんじゃないのか?」



 ガッカリして肩を落とす私にリカルドが言った。



「それじゃあ妖精を見られるかもしれないよね!?」



「まぁ、そこがどこかわかればの話だがな」



「あぁ~、そっかぁ、会える場所がわからないんだった…」



 一度上がったテンションをまた下げられてベッドに倒れ込んだ。



「まぁまぁ、その内どこかで情報が手に入るかもしれないじゃないか。こうやって護衛依頼で他所の土地に行く事もあるんだしさ。俺もどこだったか思い出したら教えるから」



「うん…、よろしくね」



 不貞腐ふてくされる私にエンリケは苦笑いしながら頭を撫でた。

 エンリケが頭を撫でるなんて珍しい、余程私がガッカリした顔をしているのかもしれない。

 ゴロゴロしながら雑談をして過ごしていたら、夕食の時間になってドアがノックされた。



「あ、エド。態々わざわざ呼びに来てくれたの?」



 ドアを開けるとエドが立っていた。



「ああ、本当はずっと一緒に居たいところだけど、部屋が別々だから我慢してたんだよ。一緒に過ごせる夕食を楽しみにするのは当然の事だろう? セゴニアの帰りみたいに大部屋で良いから一緒の部屋だと良いんだが」



「あ~…、あの時はただの同行者だったけど、今回は依頼主って立場だから…ねぇ?」



 私は助けを求める様にリカルドを見た。



「エドガルドがそれで良いと言うのなら大部屋でも問題無いぞ」



 リカルドはそう言って肩を竦める、まさか…裏切られた!?

 驚きに目を見開く私とは対照的に、エドの顔には笑顔が浮かぶ。



「だったら「但し、6人部屋が道中の町にあればの話だがな」



 リカルドは私を裏切ってなんか無かった、ウルスカはトレラーガから向こうと違って交易路では無い。

 故に交易都市であるトレラーガから港や他国、王都に繋がる道と違い大きな宿屋が無いのだ。



「まぁまぁ、美味しそうな匂いしてる事だし、とりあえずご飯食べに行こうよ」



 ぐぬぬ、と悔しそうに唸るエドの肩をポンポンと叩いて宥め、ホセとエリアスにも声を掛けて階下の食堂へと向かった。

 エドが難しい顔をしている事に目敏めざとく気付いたエリアスが説明してと言わんばかりにチラチラと見てくる、知らんぷりしたけど。



 宿屋の食事は私のレシピが使われていた、揚げ物が残念ながら少々ベチャっとなっていたので食後に温度管理の仕方を伝授。



「箸を突っ込んで箸の周りに泡が出てるのが中まで火を通す時の温度ね、だけど食材を入れちゃうと油の温度が下がるから一旦箸からブワ~っと細かい泡が出てから入れなきゃダメだよ。ジュワワ~って音にピチピチって高い音が混ざるか浮いて来たら火は通ってるはずだからね。揚げてる途中で空気に触れさせても良いけど、余裕があればもう少し高い温度で二度揚げすると更にカラッと揚がるよ」



「なるほど~、レシピに温度が書いてあったけどウチには温度計なんて置いて無かったもので…。箸で温度が分かるなんて知らなかった」



 この宿屋で元々天ぷらは扱っていたが、天ぷらの場合は衣を一滴油に落として温度確認をしていたらしい。

 私も天ぷらの時はそうやって確認していたから納得だ。



 私が宿屋の主人に教えている間、男性陣はエールを煽っていた。

 エドが許可を出したから私以外皆飲んでいる、エドは私にも勧めてくれたけど、どうせネックレスを外させてもらえないのでやめておいた。

 いざとなったらウルスカの家に転移して自室で飲んじゃうもんね~。

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