第371話 ゆったり座席

 ウルスカの門を出る前に無事セシリオに話をする事が出来た、夜と朝なら食事の温めくらいならするというので転移の回数を減らせるかもしれない。

 ホセが孤児院に指名依頼で家のお手伝いを依頼してくれたらしいから、掃除や話相手に困る事はないだろう。



 ビビアナがいないせいもあり馬車の中が凄く広い、しかもエドの愛馬にはリカルドが跨っている。

 豪華なドレスを着た人が6人乗れる車内に動きやすい服装の4人だけが乗っているのだ、男性陣が大股開いて座っても問題無い広さなのにエドは私の隣にピッタリくっついている。



「エド、ちょっとくっつき過ぎじゃない? 広いんだからゆったり座ろうよ」



「おや、アイルは私を甘えさせてくれるのではなかったかな? それともアレは嘘だったのかい?」



「う…っ、だけどくっついて座るのが甘えてる事になる?」



 エドにわずかばかり抵抗しようと見上げると、向かいの席に座ってるエリアスが余計な事を言い出した。



「アイルだって普段ビビアナにくっついて甘えてるじゃないか、腕を絡めたり頬擦りしてるのは甘えてる様にしか見えなかったけど?」



「そういえばセゴニアやコルバドに行った時によくそうしていたね、むしろ私が甘えるのではなくアイルに甘えて欲しいな」



「私が甘えてどうするの、それって母親の温もりとか関係無いよね?」



 ジトリとした目を向けるとエドは嬉しそうに目を細めて笑った。



「ははは、気付かれてしまったね。しかし初めてアイルを見た時に母を思い出したんだ、だからアイルと触れ合うだけで母に甘えた気持ちにもなれるからアイルから甘えてもらってもあながち間違いではないんだよ」



「これまでそんな事言って無かったよね?」



 私は取って付けた様な言い訳にしか聞こえず疑いの眼差しを向けた。

 しかし、エドは照れ臭そうに笑い、今まで見た事の無い表情に思わず凝視してしまった。



流石さすがにこの歳で母親を求めている様な発言するのは恥ずかしいだろう? 今回はアイルの側に居たくてホセに便乗してしまったが…。私はアイルに必要とされるだけで幸せなんだ、例え便利に使われているだけだとしてもね」



 流れる様な動作で私の手を取ると指に唇を落とし、蕩ける様な微笑みを浮かべた。

 現状便利に使っているというか、われているからっていうのもあるけど宿屋代わりにエドの屋敷を使っている自覚はある。

 何だかエドを利用している悪女の気分になって罪悪感が…。



「凄いねぇ、それは組織で学んだ人心掌握じんしんしょうあくの手口かい? そんな言い方されたらお人好しのアイルは気を遣っちゃうよねぇ?」



 私が目を泳がせていたらエリアスがニコニコしながら言った、もしかして私が罪悪感を覚える言い方をわざとしたって事!?



「人聞きの悪い事を言わないで欲しいな、私は思った事を正直に言っているだけだよ」



 エドを見ると、エリアスに対して焦る事も怒る事も無くにこやかに答えた。

 この落ち着きっぷりが逆に怪しいんだけど…。

 やはりエドは油断ならない、私は身体をズラしてエドとの間に隙間を作った。







[side エドガルド]



 アイルが娼婦になるという噂を耳にした時は頭の中が真っ白になり、気付くとアルトゥロ達にウルスカに行くと告げて屋敷を飛び出していた。

 大氾濫スタンピードの後に王都へ向かった時の様に馬を替えて行きたかったが、不運にもトレラーガの貸し馬が出払っていた為、愛馬で行くしかなかった。



 その辺の馬よりも足が速いとはいえ休息は必要となる、少々無理をさせたが馬車よりもうんと早く到着したのは間違いない。

 以前からウルスカの事は調べてあったので、すぐに貸し馬屋に愛馬を預けてアイルの住む家へと急いだ。



 そして玄関の扉が開いた瞬間目に飛び込んで来たのは、以前とは比べ物にならない色香を放つアイルの姿。

 冷静に考えてみれば娼婦になったのならば娼館にいるはずなのだから違うとわかるのだが、その時の私は当然ながら冷静では無かった。



 その後、家に入れてもらい話をした、噂の一部は本当の事だった様だ。

 他の男にけがされていない事にホッとしつつも、自分もアイルを抱けない事実に少しガッカリしてしまった。



 しかし娼婦も知らない技を持っているとは…、私では物足りないと思われたらどうしようと不安になる。

 エリアスに問い詰められて最初は余裕ぶって話していたが、娼婦に技を伝授したのがアイルだとバレている事がわかって焦ったり羞恥に涙目になって話すアイルは眼福だった。



 エリアスのせいでアイルがリビングを飛び出してしまったので話をしつつ室内を見回すと、この場に居なくてもそこかしこにアイルの気配が感じられてとても落ち着いた。

 そう思っていたらホセが帰って来て何故私がいるのかと騒ぎ出したが、理由を知って納得したらしい。



 ホセが騒いだお陰でアイルも戻って来てくれて夕食に招待してもらえる事になった。

 しかもホセは娼館に行っていたらしくアイルに冷たい目を向けられていた、自ら墓穴を掘ってくれるとは有難い。

 途中でリカルドが帰って来て鋭い質問をされてしまったが、言い切ってしまえばそれ以上追求出来ないものだ。



 夕食後にはちょっとした事件が起こった、ホセがとうとうアイルに告白したのだ、しかし勘違いだと一蹴されていた。

 あれは…他人事ながら憐れに思える、しかし本人も思い当たるふしがあった様だ。



 ホセが酔い潰れた時点で私は宿に帰されてしまった、しかし代わりに朝食に招待させ…されたからよしとしよう。

 もっとアイルと一緒に居たいが…、そうだ!

 トレラーガに帰る時に『希望エスペランサ』に護衛を依頼すれば暫くは一緒に居られるじゃないか。



 早速冒険者ギルドへ行って指名依頼を出した、賢者の所属するパーティへの指名依頼という事で渋られたが、本人達に決めて貰ってくれと言って何とか申請出来た。

 リカルドは公正な考え方が出来るから断られる事は無いだろう、ホセがリーダーだったら断られていたに違いない。



 翌朝約束の時間ちょうどに家に向かうと、まだアイルしか起きてなかった。

 暫くの間、食堂で朝食の準備をするアイルと2人きりで過ごした時間は幸せで、まるで新婚の様に思えて自然と口から願望が出てしまった。

 それもしっかりホセが邪魔して来たが。



 そして朝食の時にホセが異常行動をした、今までよりアイルに甘えているのだ。

 昨夜失恋したはずなのにと思ったが、母親に甘えられなかった分をアイルに甘えると宣言した。

 ホセはビビアナも巻き込んでアイルを言い包めてしまった、君はどうしてそうお人好しなんだ。



 少なくとも孤児院という安全な場所で育ったホセでもこれだけ心を砕くのなら、私の幼少時代を知れば確実に同情してくれるだろう、ふふふふふ。

 そう考えると自然に笑みが浮かんだ、目論見もくろみ通りアイルから甘えても良いという言質げんちを取る事に成功した。



 護衛の指名依頼は無事に受けて貰えたので少なくとも1週間は一緒に居られる、実際のところアイルが賢者と公表されて以来、人の行き来が増えた事により馬車の襲撃が増えている。

 本当は馬で1人で帰る方が安全…とまでは言わないが、私の実力であれば問題無い。



 アイルと同じテントで夜を過ごす事は交渉に失敗したが、こうやって馬車の中で寄り添っていられるのは至福時間だ。

 エリアスが余計な事を言ったせいでアイルが離れてしまったが、この旅の間にセゴニアからの帰りに縮めた距離感を思い出して貰うとしよう。

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