第314話 その頃宿屋では…
【三人称です】
「いいもんね、リカルド達が伯爵にごちそう食べさせてもらうなら私達も秘蔵のごちそうを食べちゃうもんね」
アイルが取り出したのは密かに練習して完成させた牛タンビーフシチューだった。
「あら? この匂い…、時々厨房から漂って来てたけど出された事無かったやつよね?」
「ふふふ、コレはビーフシチューと言って普通の白いシチューとは見ての通りかなり違うの。バターと小麦粉は両方使うけど、こっちはウスターソースとケチャップを使うのだけしか覚えてなくて試行錯誤してたんだよ。そして遂に満足出来る味が完成したって訳! だけど試作だったから皆で食べる程量が無いしコッソリ取っておいたんだ」
「これはお米よりパンの方が合いそうね」
「そうだね、赤ワイン使ってじっくり煮込んであるから牛タンは柔らかいし、ポリフェノールで美肌効果もバッチリだよ!」
「それは…私達が食べるのにピッタリな食事ね」
「「うふふふふふ」」
美肌と聞いてビビアナは目を輝かせ、2人は顔を見合わせて笑った。
「「かんぱ~い!」」
食前酒にシャンパン、サラダを食べてビーフシチューを食べる頃には赤ワインと中々のペースで飲む2人。
「やだコレワインに合うわぁ、凄くコクがあって
「赤ワイン使ってるから合わない訳が無いんだよ、牛タンをパンに乗せて…はむっ、んん~♡ んふふふ」
幸せそうに目を瞑り味わうアイルを見てビビアナも真似をした。
「んん~♡ んふふっ」
「本当に美味しいもの食べると笑っちゃうのは何でだろうねぇ。今日はもうエールやビールの気分じゃないな…、ウイスキーかブランデー…どっちにしよう…」
「あたしその2つの違いがよくわからないのよねぇ、見た目大して変わらないじゃない?」
「……よしっ、ウィスキーにしよう! あ、2つの違いは原料が穀物か果実かだね、あんまり詳しくは無いけど2つ共蒸留酒でウィスキーは原料や香り付けや熟成させる樽の木の種類で名前が違ったような…、っか~! 胃が灼けるぅ~、で、ブランデーが果実酒を蒸留したものだね、コニャックというブランデーをステーキ焼く時に使うとおいしいの…」
ほろ酔いでうっとりしているアイルの言葉に思わずゴクリと唾を飲み込むビビアナ。
「じゃあ今度はそのコニャックでステーキを焼きましょうよ」
「それがねぇ…、コニャックはコニャックちほうでつくられたものしかコニャックじゃないんだって…。だけどふつうのブランデーで焼いてもきっと美味しいよ、こんどためそうね~!」
「うふふ、楽しみにしてるわね」
「うん! …うひひひひ」
「なぁに? いきなり笑い出して」
「それがねぇ、よにんがでかけるまえにホセのポケットにせいじょうかのまほうをふよしたませきをいれておいたの」
「え? という事はネックレス着けたアイルと同じ状態って事?」
「いひひひひ」
「後で叱られても知らないわよ?」
「だってたのしみにしてたのに…あっさりえんきだなんていうんだもん。ちょっとくらいなやんでもいいとおもわない!? はくしゃくのごえいするならうるすかにかえるまでえんきなんだよ!?」
プリプリと起こりながらアイルは4杯目のグラスを煽る。
「へぇぇ…? だからオレに魔石持たせたって訳か」
「ッ!?」
居ないはずのホセの声にアイルは驚いて立ち上がった。
どうやら酔って騒いだ時の為に掛けておいた遮音魔法が
「あら、お早いお帰りね?」
「ああ…、伯爵の呼び出しが嘘だったんだよ、アイルの悪戯のお陰で助かったぜ。お礼に正気に戻してやろうなぁ?」
「はわわ…」
ホセはニヤリと笑うと、魔石摘んでアイルに見せた。
アイルは酔った頭で逃げなければと考え、ベッドにダイブするとシーツを被って丸まった。
「てめぇ、今回は助かったけど次にこんな悪戯したら許さねぇぞ? ホラ、出て来いよ」
シーツを無理やり剥ぎ取りに掛かるホセを見てエリアスが笑う。
「あはは、ホセがアイルを襲ってるよ~」
「むしろまともにしてやるってんだ」
「やら~! ホセにおしょわれるぅ~!(ヤダ~! ホセに襲われるぅ~!)」
「本当に襲ってやろうか!?」
アイルがくっついたシーツごとひっくり返して魔石をアイルのポケットに突っ込んだ瞬間、アイルは当然正気に戻り、ホセはいきなり崩れ落ちた。
「あ~あ、ホセってば向こうで乗せられてお酒何杯も飲んでからここまで歩いた上に暴れるから…、睡眠薬は解毒したけどアルコールは解毒出来ないの知ってたよね?」
エンリケの言葉にホセが崩れ落ちた理由はわかったが、下敷きになっているアイルはさっきの遣り取りの記憶が曖昧になっているせいで状況がわからずホセの下でもがいていた。
「な、何が起こってるの…!?」
仲間達がホセに潰されてもがく自分を見て笑っている状況に混乱していると、ふと目の座ったホセと視線がぶつかった。
「お前がやったんならオレもやっても良いよな…?」
「な、何を…!? いっだぁぁぁ~~!!」
血が
「よしよし、泣くんじゃねぇよ」
そう言って血の滲んだ歯型をベロリと舐める。
「ひわぁっ!?」
パニック状態のアイルが驚きの声を上げたが、予想外の出来事に皆呆然として動けなくなっていた。
「僕達見ちゃいけないもの見ちゃった…?」
エリアスの呟きにハッとしたビビアナは、ツカツカとホセに近付いて両耳をギュッと上に引っ張った。
「ホセ! いい加減にしなさい! アイルが泣いてるでしょ!?」
「いだだだだだ!」
「アイル! この酔っ払いに水でも掛けてやんなさい! 後で洗浄魔法掛ければ問題ないでしょ!?」
「ありがとうビビアナぁ~! 『
「うぶぁっ」
ビビアナに耳を引っ張られて固定されたホセの顔に弱い水球をぶつけると、ベッドの上で尻餅をついたホセが瞬きを繰り返した。
「アイル、お仕置きはどうするの? まさか今の水球だけじゃないでしょ?」
明らかにワクワクしているエリアスにアイルはジト目を向けたが、顎に手を当て数秒考えてからパンと手を打った。
「よし! ホセにはこの傷の代償に酔っ払いのお世話を任命する!! その前に『
ビシッとホセを指差し、洗浄魔法で辺りを綺麗にすると、敢えて傷を治さず自分のポケットからホセに入れられた魔石を取り出し、再びホセのポケットに入れた。
その晩、ホセは酔っ払いアイルに散々絡まれながらも怒る事は無く、時々噛み跡を見て顔を赤くしていたのはお酒のせいでは無さそうだった。
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