第280話 小鳥さんの心臓

 翌日、私達は綺麗に掃除された船室に戻って来ていた、それにしても昨日は凄かったなぁ。

 グイグイ来る島民を華麗に躱した仲間達、最も見事だったのは意外にもエンリケだった。



 いや、意外というのは失礼か、エンリケってリカルド達みたいに誰もが振り返る美形という程ではないけど、確実に平均よりは美形というもしかしたら1番声を掛けられやすい見た目をしているのかもしれない。

 だって今までリカルド達に声を掛けて来た人達は自分に自信があるであろう見た目をしていた、商売の人達も含めて。



 華麗に躱してはいたけど、気疲れしたのか皆ちょっとぐったりしているので、お昼は皆の元気が出る様に好きな物を出してあげよう。

 船内に食堂はあるけど、区画分けされていて売店で買った物や持ち込んだ携帯食料などを食べられるベンチシートのテーブル席もあるのだ。



「あ、とうとう降ってきたね」



 今朝からエンリケは雨が降ると言っていたが、ポツポツと窓に当たるしずくを見て呟いた。



「本当だ、エンリケが教えてくれなきゃ外で食べる準備してたかもね。ちょっと前まであれだけ晴れてたのに、それにしても凄いなぁ、エンリケの天気予報は絶対当たるもん」



「う~ん、空気の重さっていうか…感じが変わるんだよね」



「気圧を感じてるのかな? だとしたら当たるはずだね………それも竜人だから?(コソッ)」



「だろうね、自然と親和性が高いみたい(コソッ)」



 食事の為のスペースは食事時に来ると凄い人の為、早めに来て場所をキープしていた私とエンリケ。

 他の人に会話を聞かれない様にコソコソと頭を寄せ合って話していた。



「何を密談しているんだ?」



「うひゃぅっ」



 すぐ側で声が聞こえて一瞬誰かに聞かれたのかと驚いたが、声を掛けてきたのはリカルドだった。



「あははは、アイルってば驚き過ぎでしょ」



 お昼の時間が近くなったからリカルドとエリアスも来たらしい。



「リカルドが気配消して近付いたからだもん! いきなり近くで声がしたら驚くからね!? 私の小鳥さんの様に繊細な心臓が止まったらどうするの!?」



「ぷぷっ、アイル小鳥さんなの!?」



「どれどれ? あ、大丈夫大丈夫、すっごくドキドキして元気に動いてるから」



 プリプリと怒って文句を言っていた私…だけじゃなく、笑ったエリアスとリカルドも固まった、何故なら胸に顔を半分埋める様にエンリケが心臓に耳を当てたから。

 固まった私達を見てエンリケが首を傾げている。



「あれ? どうしたの? 本当に止まってないよね?」



 再び心臓に耳を当てるエンリケ。



「うん、動いてる。お~い?」



 不思議そうにしながら私の目の前でヒラヒラと手を振っているのは見えているが、思考回路が再起動するのに少し時間が掛かった。

 だって胸に顔を埋められるのなんて異世界こっちに来てから獣化したホセだけなんだもん。



「エ・ン・リ・ケ! 乙女の胸に顔を埋める様な行為は子供か恋人しか許されない行為なんだよ!?」



 ぎゅうぅぅ~っとエンリケの頬を左右から思い切りつまんで引っ張った。



「痛い痛い、ごめんよ、でも獣化したホセだって顔埋めてたじゃないか」



 痛いと言いつつも手を振り払ったりせず、苦笑いしながらもすがままになっているエンリケ。

 そんなエンリケに痛いところを突かれて一瞬言葉に詰まり手を離す。



「う…っ、獣化してる時はホセだけどホセじゃない感覚というか…、獣化してる時のホセは特別なの!」



「へぇ~、ホセは特別なの?」



 エリアスがニヤニヤ笑いながら私の隣に座り、リカルドはエリアスに呆れた目をむけながら肩を竦めて向かいの席に座った。



「もうっ、わかってるクセに!」



 ニヤニヤ笑いを止めないエリアスの二の腕に拳を数回叩き込む、身体強化はしていないので大して痛く無いのだろう、まだニヤニヤ笑っている。



「アイル様…、先程のエリアス殿の言葉は本当なのですね…!?」



 振り向くとそこには愕然としたカリスト大司教御一行、え、ちょっと待って、凄く面倒なところだけ聞き取った可能性が高い。



「いや、あの…」



「良いのです、我々はアイル様が幸せなら誰がお相手でも、ただ…、アイル様を幸せにする覚悟はあるのでしょうねホセ殿!? ……って、あれ? ホセ殿は?」



 ホセ以外の男性陣が居たせいかホセも居ると思っていた様で、カリスト大司教はキョロキョロと辺りを見回す。

 むしろ居なくて良かったよ、居たら居たで収集がつかなくなってたかも。



「ホセならあの辺りに居ると思うんだけど」



 ニヤニヤからニコニコにシフトチェンジしたエリアスがカリスト大司教達が入って来たのとは別のドアを指差すと、サッとオラシオが動いてドアを開けたが誰も居なかったらしく戻って来た。

 とりあえず変に話が拗れ無い様にホセが特別なんだとしっかり説明したら納得してくれた。



 その時そらの話もしたのでちょっと泣きそうになったら「なんと愛情深い」と感動されてしまったのでちょっと照れる。

 その後すぐにビビアナとホセが来たので各自リクエストを聞いて食事をしたら見事に全員違う物を食べる事になり、テーブルの上が凄い事になっていた。



 夜になって私とビビアナの部屋にホセが来て久々にモフらせてくれた、もしかして昼間の話を聞いていたのだろうか。

 本人に聞いたらポスンと心臓の音を聞くみたいに顔を半分胸に埋めた、どうやらエンリケが心臓の音を確認した辺りから見ていたらしい。



 エリアスがドアを指差した瞬間立ち去ってビビアナを呼びに行ったのだろう、正しい判断だと思う、あの時オラシオに見つかっていたらちゃんと説明する前にひと騒動あっただろうし。

 ホセをモフりつつ判断の良さを褒め、久々の温もりを感じながら眠りについた。

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