第250話 悪女の罠

 カリスト大司教達が去って行った後、私とビビアナは普段外で使ってるテーブルを買った工房に向かった。

 自室の棚なんかも買ってるから既に職人兼工房長のおじさんとは顔見知りなので安心だし。



 商店街から職人通りへ向かう道中、かなり周りが騒ついていたが、いつもなら声を掛けてくれるお店の人達は気後きおくれしているかの様に誰も話しかけて来なかった、寂しい…。



「アイルったら落ち込まないの! すぐに慣れて皆元通りになるわよ」



「そ、そうだよね!」



 それから家具工房まではビビアナの腕に抱きついたまま移動した。




「お邪魔しま~す」



「おっ、今をときめく賢者様じゃねぇか! よく来たな!」



「賢者様はやめてよ~、今まで通りでお願いね」



「わははは、わかったわかった。で、今日は何が欲しいんだ?」



 揶揄からかい半分なのはわかるけど、恐らく半分は私にどう対応して良いか戸惑っていると思い普段通りの対応をお願いした。

 私の予想は当たったらしく、工房長は安心した様に笑った。



「ビビアナがね、近々結婚するから新婚用のベッドが欲しいの」



「…………え?」



 工房長の思考が停止したのがわかった、私よりもうんと付き合いの長いせいか、ビビアナ結婚のフレーズに頭が理解を拒否した様だ。



「ビ・ビ・ア・ナ・が・結・婚・するの!」



「「「ええぇぇ~~!?」」」



 もう1度ハッキリ言ったら工房長の声にハモる様に、工房の奥から職人達が驚きの声を上げて転げる様に出て来た。



「バカ野郎! お前らここで何してやがんだ!」



「だって…皆の憧れビビアナさんの結婚って…」



「そうですよ! せめて…せめてものはなむけに俺達にそのベッドを作らせて下さい!! どんなに激しく動いても壊れない頑丈なベッドを作ってみせますから!!」



 この職人、何て事言うの!?

 まるでビビアナのそういう行為を知ってるかの様な物言いじゃない!

 ビビアナを振り返ると慌てるどころか妖艶に微笑んでいた。



「うふふ、それじゃあしっかり作ってね?」



「「はいっ」」



「ったく、しょうがねぇな。新婚用なら防音魔道具付きの方が良いか? 金額は跳ね上がるが大氾濫スタンピードで活躍したお前さんなら余裕だろ」



「そうねぇ、付与魔法はアイルにお願いしてもいいかしら? だったら魔石を収納する場所だけ作って貰えたら良いし…」



「任せて! 防音だけじゃ無く洗浄もそれぞれ付与した魔石をプレゼントするよ!」



 ビビアナ達の結婚祝いを何にするか迷ってたし、毎朝愛し合った痕跡たっぷりのベッドを綺麗にする為に寝室にお邪魔しなくて良くなるなら一石二鳥だしね!

 そんな訳でサイズを指定して前金を払い工房を出た、それにしてもさっきの職人の言葉が気になる…。

 チラリとビビアナを見ると揶揄う様な視線を私に向けていた、そしてそっと耳元で囁く。



「職人気質の人って仕事ひと筋で女に免疫無い人が結構居るの、しかも仕事柄良い体してる人も…ね。きっとその内の1人からのろけを聞いたんでしょ」



「えっ!? それってこの町ウルスカに元彼が居るって事…!?」



「う~ん…、居なくも無いわねぇ。大抵は罪悪感から他の村や町に行っちゃったけど」



「罪悪感?」



「ふふっ、私に敵対心を持つ男好きな子の前でを褒めるじゃない? 如何いかに魅力的か語ると大抵は私から奪おうと動くの、最初に食べた料理をずっと出されてたところに違う料理を食べて下さいって出されたらついつまんじゃうものじゃない?」



「え…っ、それって浮気…」



「だってあなたが女慣れしてきたから別れましょうって言っても初めて味わった蜜の味をただ無くすなんて嫌がるでしょう? だけど裏切った事を理由に別れを切り出されたら頷くしかないじゃない? そこに新たな男と一緒に居るあたしを見たら…、やっぱり町に居づらくなるんでしょうね。例えその前にあたしが夜の相手をする回数をうんと減らしていたとしても…ね。セシリオには内緒よ?」



「あ、悪女だ、悪女がここに居る!」



「ふふ、褒め言葉として受け取っておくわ」



 そう言ってビビアナは私の顎をスルリと撫でた、絶妙な撫で方で背中がゾクゾクッとする。

 私って元彼達の事も恨んでたけど、確かに白米続きの時にラーメンとかパスタを出されたらつい手が出ちゃうかも。



 同じご飯でももし私が卵かけご飯とか、ふりかけご飯とか、炊き込みご飯とか、元彼達を飽きさせない様にしていたら加奈子に気を取られる事も無かったのかな…。

 はは、今更だよね。頭を振って考えるのを止め、カリスト大司教達の待つ教会へと向かった。



「あっ、ビビアナ姉ちゃんとアイルだ!」



「これ、賢者様を呼び捨てにするとは何事ですか!」



 教会の扉の前に居た孤児院の少年が私とビビアナを見つけて叫ぶとすぐにカリスト大司教が出て来た、もしかして扉の前で待機していたんだろうか。



「いいんです、賢者だからと態度を変えられるより、今まで通り気安く接して貰いたいので。ですからカリスト大司教も賢者様では無くアイルと呼んで下さい」



「おお…わたくしに御名前を呼ぶ栄誉を…!?」



 ニコリと微笑んでそう言うと、カリスト大司教は崩れる様にひざまずいて涙を流し始めた。



「なぁアイル…、この大司教様って良い人だけど、大丈夫かな?」



「…………」



 そう呟く少年に私は何も言えなかった。

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