第251話 カリスト大司教とお話

「お口に合えば良いのですが…」



「いただきます…、良い香り…! ん、美味しいです」



「よろしゅうございました」



 教会内の応接室、質素倹約なこの教会に似つかわしいこじんまりとした部屋で、如何にも「お偉いさんです!」と主張している大司教の位を表す衣装を着ているカリスト大司教が自ら私にお茶を淹れてくれた。

 そして本人もお茶をひと口飲んでから私を真剣な目で見て口を開いた。



「単刀直入に申し上げます、わたくし共が参ったのは教会本部に賢者であり聖女であるアイル様をお迎えする為です。どうかわたくし共と共に来て頂けませんか?」


「嫌です」



 間を置かず、ハッキリキッパリとお断りした。



「ははは、やはり。子供達からも言われていたのです、アイル様は絶対『希望エスペランサ』を抜けたりしない、王子様の求婚も冒険者を続けたいからと断ったのだから…と」



 お断りしたところでしつこく食い下がるであろうカリスト大司教に身構えていたが、意外にもアッサリと引き下がった。

 ちなみに王子様の求婚云々うんぬんはビビアナが目を輝かせた女の子達にせがまれて何度も話し、段々と話が盛られてきている。



「えっと…、じゃあ諦めて貰えるのでしょうか?」



「そうですね…、1度くらいは教会本部においで頂きたいですが、無理いするつもりはごさいません」



「いつになるかわかりませんが、まぁ…ちゃんと帰らせて貰えるという条件で1度くらいなら」



「おお! なんとありがたい!! ではわたくし共が本部に帰る時の護衛を依頼する形で同行願います。それならば実績にもなりますし、時間も無駄になりませんからね」



「あの、でも仲間達と相談しなきゃいけないのですぐには…」



勿論もちろんですとも、なに、わたくしもアイル様が暮らしているこの町をしっかりこの目に焼き付けてからと思っておりますのであとひと月程滞在する予定なのです」



「あら、だったら休養日も他の依頼も受ける余裕あるから大丈夫じゃない? きっとリカルド達も承諾すると思うわ。それに持って行く料理を作る時間もあるでしょ?」



「おお、そういえばアイル様は料理上手だとか! わたくしもアイル様の手料理を口にする栄誉を授かれるのでしょうか!?」



 ビビアナの言葉にカリスト大司教はすっごくキラキラした目を向けて来た。



「そうですね…、道中のお昼休憩が街道の途中になってしまう事が多いので、依頼料に材料費とか上乗せしてもらえるなら人数分の食事を準備しますよ? 立ち寄った町や村で買う時もあるので毎回手作りとは限りませんけど」



「「「おお…」」では我らも…!」



 今までずっと置物の様に壁を背に立っていた聖騎士の3人が顔を見合わせてソワソワし出した。

 室内なせいか簡易鎧で兜も外しているので今日は顔が見える、見る限り全員20代前半っぽい。



「うふふ、アイルの食事は期待していいわよ? 運が良ければ商業ギルドに登録してない料理も食べれるかもね」



「何と…! ビビアナ殿、という事は既にアイル様のレシピが商業ギルドに登録されているのですか!?」



「ええ、セゴニアの王子達がアイルの料理を食べて気に入ったからと早く登録する様に頼み込んで来たのよ…ね?」



「そうだねぇ、あの時頼まれなかったら登録するのはまだ先になってたかも…」



「それはセゴニアの王子様方に感謝せねばなりませんな! 後程教会本部に連絡して報告せねば…」



 そんな風に和やかにお話していたら、礼拝堂の正面扉の方が騒がしくなった。

 ここに来た時に声を掛けて来た少年の声が誰かを止めている様だった。



『だから話してるからダメだって』



『無礼な! 私を誰だと思っている! どきなさい!』



『わぁっ』



 話し声は段々近付いて来て、廊下で少年が倒れた様な音がした。

 咄嗟にドアを開けて廊下を見ると、カリスト大司教より簡素だが、明らかに教会関係者の上層部だとわかる格好をしたおじさんが、尻餅をついた少年を放置してこちらに向かって来た。



「これはこれは…賢者様…ですね?」



「転んだ子供を放置した挙句、名乗りもしない人に答えたく無いんだけど」



 適当にあしらおうとしているとわかる愛想笑いを浮かべた人物に対し、今朝のホセの様に仁王立ちで腕を組んだまま見据えた。

 あ、顳顬こめかみがピクッてした、ピクッて。



「はぁ、また貴方ですか、シプリアノ司祭…」



 私の後を追いかける様に廊下を覗いたカリスト大司教、呆れた様にため息を吐いているところを見ると、何度も来ている様だ。



「私共の教会へ来て頂けるまで何度でも足を運びますとも! この様な古ぼけた教会にカリスト大司教を滞在させるなどあってはなりませんからね」



 なるほど? 自分の出世の為に大司教と繋がりを持ちたいから自分のホームへと招きたい、そんなところかな?



「わたくしはアイル様にお会いする為にウルスカに参ったのです、そちらの教会に居てもアイル様が訪ねて来られる事は無いので意味がありません」



 カリスト大司教は穏やかながらもキッパリと言い切った。



「は、はは…、その様な事はありませんよね? 賢者様?」



 焦りをにじませながら私に目で訴えてくるけど、私には関係無いもんね。



「そんな事あるけど? ここの孤児院に来ているんだし。それに大きい教会じゃなくてもこの教会から祈って女神様に祈りは届くもの」



「「な…っ!?」アイル様、それは真ですか!?」



 私の発言にシプリアノ司祭とカリスト大司教が同時に驚きの声を上げた。



「本当ですよ、だってここで祈った日の夜に夢で…、というか、精神だけ女神様の元へ呼んで…残された私の家族の様子を見せて下さったので」



「な、なんと…! では女神様のお姿を拝見したのですか!?」



「ええ、金髪に…ビビアナみたいに綺麗な緑の目をした美しい方でしたよ。言いたい事だけ言ってあまり人の話は聞いてくれませんでしたけど…ふふっ」



 説明を一気にまくし立てる凄い勢いの女神様を思い出して笑ってしまった。



「賢者様方は女神様に導かれて異世界からやって来たとは聞いていましたが…、お会いしてお言葉まで交わされていたとは…!」



 カリスト大司教が恍惚とした表情で宙を見始めたし、サッサと退散した方が良さそうだ。



「それじゃ、私達はこれで。ひと月以内に何度か顔を出すと思いますからまたその時にでも…失礼します」



 開いた口が塞がらないシプリアノ司祭の脇をすり抜け、少年を立たせて一緒に廊下から礼拝堂へと移動した。



「あ、今回のお土産渡していい? 良い調味料が手に入ったから買って来たよ、使い方はこの紙に書いてあるけど、近々顔出すからわからなかったら聞いてね。これで唐揚げの味付けると美味しいし簡単だよ」



 モステレスのタイチの店で買った白だしを数本お土産として出した。



「うわぁ、いつもありがとう! カリスト大司教が滞在費だって言ってたくさんお金をくれたらしくて今は肉もちゃんと食べられるんだぜ! だから唐揚げもたくさん作れるんだ」



 孤児院で何度か差し入れとして材料持参で料理をしているので大きい子供達は唐揚げも作った事があるし安心だ。

 今日の予定は全部済んだので、ビビアナと一緒に家に帰った。

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